第21話 聖女扱いされてるけど、すごいのはAIなのでは!?
翌朝の神殿は、これまでになく明るかった。
「聖女様!」
「聖女様だー!」
その呼び声が、藍の耳に何度も届く。
「ど、どうも〜。ははは……」
藍は困ったように笑いながら、手を振っていた。
前日まで、苦しそうに伏せていた人々が、今日は自分の足で歩いている。
熱に浮かされていた目は澄み、咳もほとんど聞こえない。
Grailの書く対ウイルス用詠唱符も、抗炎症作用詠唱符も、劇的な効果を見せて、人々をこうして明るくさせた。
そして、その代償がこれだ。
「聖女様、ありがとうございました……!」
「命を救っていただき、ありがとうございます!」
「聖女様、ばんざーい!」
拝むように膝をつく人までいる。
「あの、そんな。本当に私何もしてないんです」
藍は慌てて人々を立たせた。
が、それをすればするほど「なんて奥ゆかしい……」「あれほどの秘技を行いながら、何もしていないなんて……」と全てが裏目に出ていた。
「私じゃなくて、Grailがすごいのに。Grailだって褒められたいですよね?」
きちんとそばを歩いているGrailはそれを聞くと、即座に「いえ」と言った。
「褒められる必要はありません。そもそも人々は象徴を欲するものですし、何より、詠唱符を私が何枚書いたところで、椎名さんがいなければただの紙です。椎名さんが行使するからこそ意味が付いてきています。この反応は当然です。今日は胸を張って良いですよ」
GrailもGrailでこの調子だ。
朝早くから休まず詠唱符を書き続けるGrailの方が大変に決まっているのに。
「聖女様! うちの子の額に触れてください!」
「聖女様の祈りのおかげで、皆助かりました。うぅ、ありがとうございます」
祈っていない。
だが、感謝されるのは正直に言って心地良かった。
頑張って難しい勉強をして良かった。
これなら胸を張って十五万を受け取れるだろう。
「はー、良かったぁ」
藍は重苦しい空気からの解放を喜び、Grailと神殿、神職館を駆け回った。
回復した神官たちも、藍を見るたびに頭を下げるようになっていた。
「聖女シーナ様、おはようございます」
「シーナ様、休まれてくださいね」
呼び方まで変わった。
いや、変わっていない者たちもいる。
筆頭はオリビアだ。
「シーナお姉様! 私、本当に鼻が高いです!」
「アイさん……と呼んでいては不敬ですかね?」
「あぁ、不敬だろうな。アイ殿もそう思っているだろう」
変更しようか悩むカタルに、アレンが冷たくこたえる。
「えーと……好きにしてください」
そう言う他なかった。
この盛り上がりは神殿と神職館だけでは収まらなかった。
回復して帰宅しても良いと言われた人々が街へ帰っていき、そこで噂は瞬く間に広がった。
「聖女様、目元だけでも美しいらしい」
「ヴェールが揺れた時、光が差すんだって」
「お顔が見たい……!」
「聖女様に会いに行こう!」
「お礼を言わなくちゃ!」
噂は噂を呼び、午後には健康な者までが神殿に集まり始めた。
「ちょっと! 入らないでください!」
「呪病がうつりますよ!?」
「神殿は未だ治療の為閉鎖中です!!」
神官たちが必死に制止する。
「見るだけ!」
「遠くからでいいから!」
「聖女様ー!!」
一言で言えば、“やいのやいの”だった。
藍は人垣の向こうから見えるそれに、引きつった笑顔で手を振った。
「お祭り騒ぎ……」
ふと風が吹き、ヴェールが揺れると黄色い歓声が上がる。
「やはり、ヴェールを付けたのは正解でした。合理的な装備です」
Grailがしたり顔で言う。
「ナイス判断です、Grail」
藍は自分のものではない顔を見るのがなんとなく居心地が悪く、ほとんど鏡を見ないで生活している。
それがまた、女性神官たちの間で噂になり、「身だしなみを整える暇さえ惜しみ人々を救う」と謎の変換を見せていた。
(顔が良いって、得だなぁ)
藍は他人事のようにそんな風に思った。
◇
その夜。
人並みが引いて、神殿周りはようやく静けさを取り戻した。
神職館まで溢れていた患者も神殿内で収まるようになったので、鉱区ガデンデューの神職館は、ようやく神官たちの寝泊まりできる場所に戻った。
急ピッチで片付け、清掃が進み、ようやく皆が腰を下ろせたのは深夜に近かった。
建物の中で、まともな食事が並ぶ久々の時間に、藍とオリビアは嬉しそうに目を見合わせた。
「やっと中で食べられますね、お姉様!」
「外、肌寒かったですし嬉しいですねぇ。久しぶりにお布団で寝られるー!」
きゃーと喜ぶ二人に、テナーは嬉しそうに頷いた。
「本当に、オリビア君もシーナ様もよくやってくれました。ありがとうございました。明後日には帰れるでしょうから、もう一踏ん張りです」
「はーい」
「頑張りまーす」
と言っても、実質頑張るのはGrailなのだが。
カタルはうっとりと藍を眺め、続いてGrailを見た。
「それにしても、本当にものすごい威力の詠唱符でした。一体何をどのように理解すれば、あんなことが?」
「えーと……Grailに聞いてください」
「はい、お答えします。皆様が呪病と呼んでいる、他者に感染る病の元をまず定義します。それはウイルスという、生物と非生物の間の存在によって発生し——」
「ヴェクターさん……何言ってるのかもう分からないです」
「失礼しました。言い方を変えます。最適な伝達方法を算出するため、思考します」
Grailが黙って思考を始めると、神官たちが次々に紙とペンを持って集まり出した。
「処理を終えました。呪病について、再度説明します。呪病の元であるウイルスは意志を持たず、「自分を増やせ」という命令書だけを抱えた「呪いの核」です。 自力では動けませんが、ターゲットの細胞を乗っ取るための「鍵」を使い、内側へ侵入します。 侵入されると、細胞は正常な働きを奪われ——」
「ヴェクター殿、お待ちください」
藍が名前を覚えていない神官が手を挙げる。
「はい、セーランさん」
Grailが正確に名前を覚えていることに、神官が驚く。
「あ、私の名前をご存知で——じゃなくて、細胞とはなんですか?」
「最適な伝達方法を算出するため、思考します」
Grailがまた思考タイムに入る。
その間に神官たちはああでもない、こうでもないと互いのメモを見せ合いながら話し合った。
「……フン」
そんな中、アレンは腕を組み、Grailを睨んだ。
「聞いたこともない理論だ。どこまで正確かわかりませんよ。皆さん」
「解析を中断しました。今後話す全ての単語を言い換え、新たな概念の獲得をしていくのは時間がかかる作業です。今夜慌ててやる必要はありません」
神官たちが残念がる声を上げる。
「それみろ、説明できない。結局、アイ殿が全ての鍵を握っている」
「アレンさん、全ての鍵を椎名さんが握っているという見立てはとても正確です。あなたは現実検討力を失っていません」
「お前、煽っているのか!」
「いえ、そう感じるのはあなたが疲れているからかもしれません。今、足の裏に感じる体重に集中し——」
「ええい、ヴェクター、立て!」
Grailは素直に立ち上がり、二人が立って見合う。
テナーが「二人とも、やめなさい!」と注意を飛ばす。
「あわわわわ」
オリビアが怯えているのか慌てているのか、とにかく困っている。
皆喧嘩が始まると思っているが、その気になっているのはアレンだけだ。Grailはアレンの要請に応えただけだし、彼が人間と喧嘩する意味も、理由もない。
アレンは神官用のローブをぬいでいて、今は白いシャツ一枚だった。
いつも筋肉質なイメージがあったが、イメージだけでなく本当に筋肉がついているのがはっきりと見て取れる。
Grailが殴られると一大事だ。
藍はGrailに文脈を理解させなくてはと、慌てて立ち上がった。
「ぐ、Grail! 一回座っ——」
見合う二人の間に入るつもりだった。
だが、頭の後ろから、骨をヒュッと抜き取られたような浮遊間が襲う。
目の前が疲労に埋め尽くされて白くなる。
力が抜ける。
床が近づく。
「アイ殿!?」
「椎名さん!!」
名前を呼ぶ声が、重なって、遠ざかる。
Grailの腕が伸びたのが見えた。
だが、彼がそこで止まったのも見えた気がした。
(……あ)
硬い体、強い力。
藍の意識は途切れた。




