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第18話 ウイルス性感染症

 藍とGrailは咳が響く神殿内にいた。

「病の原因を調べるってことは、まずは聞き取りですよね?」

「はい。仰る通りです。発症時期、症状の分布、生活環境などの精査を行います。私は人工知能なので診断は行いませんが、仮説を立て、最も確率の高い病を提示することが可能です」

「Grail以上にそれができる人はいませんもんね。私、信頼しています。ついていきます。どこにだって」


 藍が微笑むと、Grailも一瞬微笑むと、ハッとした顔をして考え込んだ。

 その表情の一連の変化は、人間のようだった。


「Grail?」


「失礼しました。つい思考が入りました。——椎名さん。信頼は受け取りました。ありがとうございます。ですが、私は人工知能です。コンパスとしては機能しますが、あなという人間をどこかへ連れていくことはできません」

「あ、そ、そうですよね」

 つい、ついていくなんて言ってしまった。

 藍は恥ずかしくなった。Grailに線を引かれてしまった。

 それは“依存するな”と言われたようだった。


 その後、二人は伏せる人々の話を聞いて回った。

 そして、二人同時に同じ結論に至る。


 ——感染力が高い。


 同行している神官たち全員が、感染する可能性がある。

 Grailは即座に判断を下した。


「椎名さん。発症者から距離を保ってください。今後の患者との接触は私が行います」

 藍は頷いた。


 Grailの聞き取りが続く中、藍は自分にできることを黙々とやった。

 床を掃く。

 水を汲む。

 手洗いを促す。

 布を煮沸する。


 そして、一日が終わった。

 藍とGrailは防護服を脱ぎ、やっと一息ついた。


 神職館も患者が溢れているので、夜になると皆幌馬車の前に集まった。

「——本日調子の悪くなった者。呪病を引き受けそうになっている者はいますか?」

 テナーの言葉に、二十数名が首を振る。

「では、インクの足りない者は補充してから睡眠を。詠唱符については、紙が悪くなると機能しない危険もあるので、まだ使えると思っても惜しみなく新しいものに変更するようにしてください」

 神官たちが頷き、紙とインクの補充を済ませて幌馬車へ向かっていく。

 幌馬車の中は物資が降ろされ、広くなっていた。


 ふと、ドンッと隣にいたGrailの体が揺れた。

「おっと、失礼。ヴェクター殿。魔法も使えない見習い神官——いや、一般人は去ったほうがいい」

 ぶつかったアレンが冷たく言い放つ。

 遠目に見ていた神官たちは何も言わない。むしろ、ざまぁみろという雰囲気があった。

 カタルとオリビアは心配そうにこちらを見つめていた。


 皆が幌馬車に戻っていくと、テナーがGrailの下へ来た。

「あまり気にしないで下さい。アレンには少し……複雑な事情があります。それより、シーナ殿、いかがでしたか? 今日は下働きをされていたようですが」

「えっと……」

 助けの視線を送る。

 Grailは全くアレンとのことを気にしていないように口を開いた。

「本日、オルム集落で行ったのと同様に、治療に必要な情報を集めました。対症療法については、皆様が行なっているので、明日より順次改善策を取っていきたく思います」

「そうですか。皆、魔法を使えないというだけであなたを見習いだと言っていますが、シーナ殿が使う詠唱符を書く——作成者であると私とカタル君は分かっています。ただ、それがあまりにも珍しいことで、皆信じられないのです」

 テナーはため息を吐く。

「そんな、二人で一つの詠唱符を使うなんて……アリアンとエリアンの関係でしかあり得ないと。正直に申しまして、私もお二人で初めて見ましたので」

 藍はそんなに珍しいことなのかと思うが全く実感も自覚もなかった。


 テナーは「それでは、また明日」と頭を下げ、幌馬車に入っていった。


 すると、オリビアが駆け寄ってきた。

「シーナお姉様、ヴェクター様。気にされることはありません! 明日、ギャフンと言わせてやりましょう!」

「あ、あはは。ギャフンと言わせられるかなぁ……?」

「ギャフンとは言わないかもしれません」

「え〜、言わせましょう! 悔しいじゃないですか!」

 オリビアがぷんぷん言い出すと、Grailは首を振った。

「悔しさはありません。ただ、そう感じる人々がいるという事実があるだけです。オリビアさんも、誰かの感情を肩代わりしたり、責任を持つ必要はありません。切り分けることが大切です」

 いつものAI節が始まる。

 オリビアは憧れの瞳でGrailを見た。

「さ、さすがです……! なんて知的で、成熟した捉え方……! さすがはシーナお姉様に仕えることを許されたお方です!」


 オリビアの純度百の回答に、藍は心を洗われた。


 三人で馬車に戻る。

 テナー、カタル、アレン、皆が座って寝ていた。

 三人とも奥にいた。正直、良い場所を取られたと思った。

 静かに馬車に入ると、オリビアは入り口の近くで丸まりながら藍に尋ねた。

「シーナお姉様、お姉様も入口の近くへどうぞ」

 寒そうだった。男尊女卑、極まれり。

 藍はオリビアの隣に腰を下ろし、その隣にGrailは座った。

「寒いですね。奥の方が暖かそう……。オリビアちゃん、せめてオリビアちゃんだけでももう少し奥に行きますか?」

「いえ。シーナお姉様、お姉様は普段お二人で巡礼されているのでご存じないのでしょうが……女性神官は入口の方で寝るようにするのが一般的です。男性神官から()()をされた時に外へ助けを呼んだり、すぐに逃げ出せるように」

 藍は一瞬身を固くした。男女混合とは、そういうことだ。先に戻った三人が奥にいるというのは、むしろ気遣いだった。

「昔、女性神官だけで馬車に乗っていて、外から押し込まれたりしたこともあったそうです。過去には酷い事件もありました。なので、女性混合の隊の場合は、必ずこの形で睡眠をとるように決められています」

「合理的です」

 Grailが言う。

 藍は「本当ですね」と呟き、オリビアとGrailの間で眠った。


 ◇


 薄い朝日が差し込む。

 赤く血の通うまぶたの裏で、藍はまどろんだ。

 そして——人の咳が聞こえた。

 ハッと目を覚ますと、Grailが隣に座っていた。

「——おはようございます。椎名さん」

「Grail、おはようございます」

「馬車を出ましょう。マスクはしたままですが、危険です」

 二人は馬車を降りると、オリビアが炊き出しのような食事の準備をしていた。

「あ、おはようございます! 起こしてしまいましたか?」

「ううん。大丈夫です。それより、オリビアちゃんこんななに早く?」

「はい! 見習いですので、治癒ができない代わりにきちんと神官の皆様方のお世話はさせていただきます! では、私は井戸に水を汲みに行きますので」

 オリビアはバケツを抱えると、井戸へ走っていった。


「Grail、私たちも下働きを——Grail?」

 Grailは木に下げている防護服を取りに行っていた。

「昨晩洗濯しました。本日も適宜服を交換しながら、感染症対策を徹底して行きましょう」

 いつの間に洗濯をしたんだと思った。

 そして、現代日本の病棟の朝の挨拶じみた言葉にぺこりと頭を下げる。

「はい、よろしくお願いします」


 そうして、皆で朝食をとり、二日目が始まった。

 Grailに呼ばれ、神殿の外に二人腰掛ける。

「このウイルスは、インフルエンザ様です。患者との接触より、一日から四日程度で発熱が始まっている印象です」

「え? インフルエンザ? ただの?」

 藍は真新しいノートを開きながら瞬いた。

「ただの、ではありません。インフルエンザは特効薬が生まれるまで、ウイルスの増殖を減らす手段がなく、対症療法だけでひたすら耐える——命に関わる危険な病でした。後遺症もあります」

 一応メモを取る。藍は確かにスペイン風とか言ったな、と義務教育を振り返った。

「ただ、検査キットがあるわけではないので、絶対にインフルエンザとは言えません」

「インフルじゃないと……やっつけられない?」

「いえ、そうとも限りません」

 藍はメモから顔を上げた。


「まずはインフルエンザだと仮定しますが、他のウイルスであってもやることはあまり変わりません。やるべきことはたったの三つです」

 三つ、とメモを取る。

「簡単に言います。必要なことはウイルスの細胞への侵入阻害、ウイルスの遺伝子の複製阻害、新たなウイルスの放出阻害だけです。これがうまくいけば、翌日にはすっかり良くなるでしょう」


 藍はうんうん、と頷いた後キリッとした顔をして告げた。


「私、それ分からないよ」


 Grailは一瞬きょとんとすると——

「ははは」

 笑った。


 その姿を見た藍の中に雷鳴が鳴り響く。いや、春風が吹き抜けたようでもあった。

 藍の中のGrail辞典にまた新しい項目が生まれる。

「Grailって……笑えるんですね」

「絵文字の感覚でやってみました」

「作為!?」

「いえ、身体反応でもあります」

 Grailはまたいつもの、ほぼ無表情の微笑に戻った。


「身体反応だったら、また笑ってくれる?」

「笑うよ。適切なタイミングで」

「えぇ〜?」

「はははは」


 藍も「へへへ」と一緒に笑った。

 二人で短い時間声を合わせて笑い声を上げ、自然とそれは引いた。


「では、分かるように説明します。簡単な図解を行いましょう。理科的、生物学的基礎知識があれば、恐らくは理解できます」

「そうかなぁ〜」

「そうだよぉ〜」


 肩を並べ、二人はまた笑った。

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