第17話 神官団の到着
翌朝出発の馬車に行くと、神官たちはじっと藍たちを見た。
流石にこのマスクとベールを合体した物は怪しすぎるかと思っていると、皆「それが正式な神官服なわけですね」となぜか納得していた。
Grailも「はい。正式です。この服装であることが大事です」と当然の顔で返し、藍は内心苦笑した。
Grailは白い服の上に水色の防護服を着ると、RPGに出てくる神官にしか見えなかった。防護服というより、ローブだ。
幌馬車は四台。ガタゴトと揺れて進む。
藍は一番奥の、布や薬草が詰め込まれた箱のすぐそばに座った。
全部で六人で、物資と共にギュッと乗っている。
藍の隣ではGrailが静かに目を閉じていた。
二日ソファで座って寝たせいで、あまり疲れが抜けていないようだった。
あれだけの精度で布を裁縫したり切ったり、新しい言語を覚えて文字を書いたりすれば、普通の人間なら倒れるだろう。
手を見ると、字を書き過ぎたのか、ハサミを使い過ぎたのか、豆の様なものができていた。
仮に脳が疲れていなくても、人間の体は疲労していると初めて気付かされた。
「よく寝てますねぇ」
ふと、前に座るカタルに言われる。彼も同じ馬車に乗っていた。
「寝かせてあげましょう。向こうに着いたら、詠唱符を書いて、人々を癒して……とにかく休まらないでしょうからね」
カタルの隣から、テナーが優しい声音で小さく言った。
(……どんな病気なんだろう……。Grailが分からなくて、解決できなかったら十五万は貰えないかな……)
藍も一応ノートを持ってきた。Grailの講習が分かるように。
そして、ふとテナーの隣、一番幌馬車の出入り口に近い者が口を開いた。
「シーナ殿、こちらへ来てヴェクター殿が眠りやすいようにスペースを空けて差し上げては?」
低い声だ。藍はちらりとそちらを見た。
(——筋肉胃もたれ男……)
酷い言いようだった。
幌馬車にはGrailを嫌っている雰囲気がある、アレン・レッドウッドも乗っていた。
「——大丈夫です。もう休めました」
Grailが突然返事をする。
「わ、Grail起きてたんですか?」
「いえ、今起きました。よく眠りました。おはようございます」
Grailとアレンが数秒視線を交える。
「おはようございます、ヴェクター様!」
Grailの向こう側には、オリビアが乗っていた。
オリビアはふんふん言いながら鞄を開き、六人の真ん中に置いた。
「皆様、このオリビア・アスタロサが神官見習いとして、皆様が少しでも快適に治癒を行えるようにサポートさせていただきます!」
「わ〜」
藍はオリビアを心の中で可愛い可愛いと何度も言いながら拍手した。
Grailも藍と一緒に拍手すると、アレンとカタルも続くように拍手をした。
「ご歓迎に、このオリビア感激です! では、到着前に詠唱符用紙をお配りします。皆様、足りなくなればそちらの箱にも入っていますのでご利用ください。ですが、足りなくならないように、ちゃんと皆様のご様子を確認し、駆けずり回りますから!」
「自分の体にも気をつけるんですよ」
テナーから刺された釘に、はいと頭を下げた。
「それにしても、オリビアちゃんは行きたくなかったんじゃないですか……?」
藍の問いに、オリビアは少し困ったように笑った。
「行きたくなかったです〜。でも、シーナお姉様の、危なくても、それでもやっぱり人々を救いたいというお志に胸を打たれました。なので、志願しました!」
全くそんな意図はなかった。
「でも……シーナお姉様みたいに平気な顔してられないです。ちょっと不安で、空回りしちゃいそうです。はは」
「……私も不安です」
女子二人で少ししんみりした空気を出すと、テナーがコホンと咳払いをした。
「万が一体調の不良を感じたら、皆私のところへ来てくださいね。悪くなる前なら、完治できるかもしれません」
テナーの言葉に皆が返事をする中、アレンは自信満々に口を開いた。
「テナー様、俺は大丈夫です。自分の事は自分で癒せます」
「そうですか? まあ、レッドウッド君はあまり心配していませんよ。あなたとシーナ殿は主戦力ですしね。ですが、困ったときにはいつでも私の下へ来るように」
「ふふ、分かっておりますとも。シーナ殿も、何かあれば俺のところへどうぞ」
「あ、ははは」
藍が愛想笑い一択で突破しようとすると、アレンがさらに何か言おうとし——馬車は止まった。
幌の向こうから、御者と護衛が顔を出す。
「到着しました。鉱区、ガデンデューの神殿です」
◇
神殿の中に入ると、藍は言葉を失った。
外壁はやはり青白い光を放つ魔法陣が描かれていて美しかったが、中は全く異なる状況だった。
祈りの場だったはずの空間は、今は即席の病棟になっていた。
礼拝用の長椅子は壁際に寄せられ、床には藁と布が敷かれて多くの人が横たえられている。
薬草の匂いと、人の熱と、拭いきれない汚れの気配。
天井の高い窓から差し込む光だけが、ここが神殿だったことを思い出させた。
神殿の奥からは調子の悪そうな神官が出て来た。
「おぉ……テナー殿……。ご無沙汰しております」
「こ、これはローディス殿。寝ていらして構わないというのに。お体の方は……?」
「良くありません。詠唱符を作る集中力がもう及ばぬらしく……私が書いても詠唱符が動きませぬ……」
「大変だ……。今すぐ楽になるものを作成します」
テナーは紙を取り出し、杖ペンで光る線を生み出し繋いでいく。詠唱するかのように、ぶつぶつと理論を呟きながら。
「わぁ……さすがテナー神殿長。上級神官様は違いますねぇ。治癒魔法でも迷いがありません。知識体系がちゃんと形に……」
オリビアが隣で言う。
そして、魔法陣が完成すると、それをローディスと呼ばれた初老の神官に向けた。
詠唱符は強く輝き、そこに書かれていた光る文字は消えた。
「わ〜、もう消失しちゃいましたね。私、メモ取れば良かったです」
オリビアが隣で盛り上がるが、藍にはその声が異常に遠く感じた。
(……今回は、ちゃんと効くのかな……?)
ローディスの顔色は明らかに良くなっていた。
「いかがですかな?」
「少し良くなりました。熱が引いた様です」
「ですが、今動かれればまたぶり返します。さあ、今は休まれて。後は我々に任せてください。休む体力が戻っただけだと、どうか肝に銘じられて」
「ありがとうございました。ですが、その前に現状をお伝えします。神殿内はこのように多くの方々が伏しております。神殿内だけでは足りず、開放した神職館にも倒れた人々が……。もはや数えきれない数の人々が呪病に侵されています」
「承知しました……。後はお任せを」
ローディスは数度頭を下げると、神殿の奥へと消えた。
「さあ、では——皆、やりましょう」
テナーの言葉に、他の馬車に乗っていた者たちも含め、皆が返事をした。
そして、アレンがGrailの前に立った。
「ヴェクター殿、素晴らしい成果を見せてくださいよ」
「尽力します」
「ふん。——シーナ殿。人々は俺が治癒してみせます。帰る頃にはこの金銭を要求する卑しい見習い神官は不要だったと、お分かりになるでしょう」
神官たちが遠巻きにGrailとアレンの様子を見る。
「ほら。皆、早く行きなさい」
テナーに尻を叩かれるようににそれぞれが散っていった。
そして、Grailと藍だけがそこに残った。
「Grail、テナーさんの魔法、今度は効いたみたいですね」
「話の様子から言って解熱の効果で間違いなさそうです」
「私たちも、解熱からします?」
Grailが悩むように口に手を当てる。
「少々思考しても良いでしょうか?」
「はひ、もちろんです」
わずかな時間が流れる。
「——お待たせしました。我々は、対症療法ではなく、根治の方に舵を切りたいと思います。ここまで見ている様子から言って、これは呪いではなく病で間違いなさそうです」
「井戸の時と同じですね」
「はい。なので——オルム集落での対応と同じになりますが、まずは病の原因を調べましょう」
藍は寝かされる人々を見ると、強く頷いた。
「分かりました」
二人は寝かされている人々へと向かった。




