最後の手紙
【悪魔も聖書を引用できる——】
衝撃のラスト!
あなたはきっと騙される!!
「沢尻さん! 彼女は!?」
病室の前にたどり着くなり、拓海は切羽詰まった表情を作って沢尻に問いかけた。
目の前に立つ沢尻は、いつものように感情の読めない表情をしていた。これでは麗子がどうなったのかはっきりしない。
沢尻は目を細めると、淡々とした口調で答えた。
「お嬢様は、先ほどお亡くなりになりました」
「ああ、そんな……」
拓海は内奥から湧き立つ歓喜を押し殺しながら、わざと身体を震わせて悲嘆に暮れる夫を演じた。
「医師から伝えられた死亡時刻は、十時二十二分になります」
沢尻が事務的な口調でそう告げた。
拓海は腕時計に目をやる。どうやら、彼女は二十分ほど前に息を引き取ったようだ。
「ご遺体は先ほど、集中治療室からこちらの病室に移されました。お嬢様は意識がほとんどない中、何度も拓海様の名前を呼んでおられました」
「そ、そんな……」
拓海はうろたえるふりをして見せるが、主人が亡くなったというのに沢尻が事務的な態度を崩さないため、麗子の死に実感が湧かなかった。
「葬儀などの手配は私がいたしますので、どうぞご心配なく」
「うん……。よろしく、頼むよ……」
沢尻はどこまでも事務的だった。あまりにもドライ過ぎて寒気すら覚えた。だがよくよく見ると、彼の表情はいつもより硬いような気がした。やはり、内心ではいくらか動揺しているのかもしれない。
「それと、使用人の身でありながら、お嬢様のご最期に立ち会ってしまったこと、深くお詫び申し上げます」
「いや、そんなことは……」
遅れてきたことを遠回しに咎められた気がして、拓海は居心地が悪くなった。
病室に入ろうとしたところで沢尻に呼び止められた。
「拓海様、お嬢様から手紙を預かっております。亡くなったあとにお渡しするようにと」
差し出された封筒を見て、拓海は思わずヒヤっとした。正直、自分が殺した女の手紙など受け取りたくなかった。
見ると、封筒を持つ沢尻の手がわずかに震えている。やはり、主人の死に少なからず動揺しているようだ。拓海はこのとき初めて、彼から人間らしい一面を感じ取った。
受け取った白い封筒には、「拓海さんへ」と乱れた筆跡で書かれていた。書くのに苦労したのが一目でわかる。封がされているから沢尻も中は見てないはず。死者からの手紙など読まずに捨ててしまいたかったが、拓海はとりあえず革のリュックにしまい、病室の横開きのドアを開けた。
入った室内は薄暗かった。照明が点いていなかったからだ。だが、部屋を明るくする気にはなれなかった。麗子の死に顔を光の下で見たくなかったからだ。
ベッドに近づくと、突然雷鳴が轟き、室内が一瞬白く光った。その瞬間、麗子の死に顔が青白く浮かび上がる。拓海は思わず二、三歩後ずさる。リアルなジャンプスケアを体験したかのようだ。
気を取り直してベッドに歩み寄ると、拓海は床に膝をついてベッドの縁に両肘を乗せた。
「麗子、間に合わなくてごめん……」
いつ沢尻が入ってくるかもしれない。拓海は嘆き悲しむ夫を演じるために、白いシーツの下から彼女の手を取った。本当は死人の手など触りたくなかったが、真実味を出すにはこれくらい必要だろう。
「ごめんよ……。本当にごめん……」
拓海は両手で麗子の手を握りしめながら涙を流す。思い通りに涙はこぼれた。だが、悲しみなど微塵もなかった。一年以上もともに暮らし、何度も身体を重ねたというのに、一度も彼女に愛情らしい愛情を抱くことはなかった。もちろん、美穂という大切な存在がいたからというのもあるが、富裕層に対する嫌悪感があったことも否定できない。貧困生活が長かったせいで、生粋のお嬢様に対して最初から負の感情があったのだ。
だからといって、麗子を憎んでいたわけではない。むしろ、育ちの良さからくる上品さには好感すら覚えていた。それだけに、自分の手で彼女の人生を終わらせたことに罪悪感が湧かなくもない。しかし、彼女は短い人生だったとはいえ、これまで誰よりも贅沢な暮らしを送ってきたのだ。無駄に長生きする連中よりも幸せだったに違いない。そろそろその幸せを、誰かに譲ってもいいころだったのだ。
流れる涙は、いつしか歓喜の涙に変わっていた。血が熱くたぎり、喜びで全身が震えた。これほどの高揚感はこれまで味わったことがない。まるで、自分が世界を手中に収めたかのような達成感があった。
だが、これで終わりではない。まだ邪魔者がいる。あいつを潰さなければ、この物語は完結しない。
「佐藤、次はお前の番だ!」
ふと違和感に気づく。
「ん?」
握っていた手が死人のものにしては温かいなと思った次の瞬間、その手がぎゅっとつかみ返してきた。
「え——!?」
拓海は思わず飛び上がり、ベッドから離れた。暗がりの中、死んだはずの麗子がゆっくりと上体を起こす。悲鳴が喉元まで出かかった。ここで雷鳴が轟き、稲光が室内を照らす。麗子が大きく歯を見せて笑っていた。恐怖に慄きながら後ずさると、背中がドンと何かにぶつかる。背後に誰かが立っていたようだ。振り向くよりも早く、口元を布のようなもので塞がれた。刺激臭が鼻の奥でつんとした瞬間、意識はすぐさま遠のいていった。
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