執事の倫理観 ②
【悪魔も聖書を引用できる——】
衝撃のラスト!
あなたはきっと騙される!!
駐車場で待っていると沢尻が姿を現した。
「お待たせしました」
「……あの、話ってのは?」
拓海は少し警戒するようにたずねた。
「ええ、ちょっと情報共有をと思いまして」
「情報共有?」
「はい。確認ですが、つい先日、稽古帰りに喫茶店で若い女性と会ってましたよね?」
「え……!?」
拓海は予想外の言葉に息を呑む。あの日も尾行されていたのか——。視界が揺らぎ、頭の中がまっ白になる。
沢尻が穏やかな笑みを浮かべた。
「ご安心ください。お嬢様には伝えておりませんから」
「そ、そうなんだ……」
麗子には知られていないとわかり、拓海は少しだけ安堵する。だが、次の言葉に背筋が凍った。
「それと、お嬢様の宝石を質屋で換金されましたよね?」
「え……!? いや、それは……」
拓海は動揺で言葉に詰まり、ただ情けない声だけが漏れる。膝から力が抜け、立っているのもやっとだ。これまで築き上げてきたものが、音を立てて崩れていくような感覚に襲われる。
「なぜ、お金が必要だったんですか?」
沢尻が淡々とした口調でたずねてきた。
「いや、その……。劇団の仲間に、貸したりして……」
「そうでしたか」
今の言葉を信じたかどうかはわからなかったが、沢尻はそれ以上追求してこなかった。だがここで、拓海は彼の意図を悟り、みぞおちのあたりがぞわっと強くうごめいた。おそらく彼は、これをネタに脅すつもりなのだ。だから麗子には伝えていないのだろう。気づくと足が震え出していた。
絶望的な気分の中、沢尻が言葉を続けた。
「ご安心ください。換金の件も、お嬢様は知りませんから」
「そう……」
「身辺を調べたのは、実はお嬢様からのご依頼なんです」
「麗子が!?」
「はい。経緯を申し上げますと、あなたの劇団仲間が情報を売ったんです。確か、ペットショップだかに女性と二人きりで行っていた件ですね。それでお嬢様は浮気を疑い、私に調査を命じたというわけです」
「あの女……!」
拓海は激しい怒りに駆られた。やはり、リョウがすべてを漏らしていたのだ。
彼女への怒りで顔を歪ませるが、それよりも今は沢尻の要求が気になった。麗子への裏切りを黙っている代わりに、彼は何を要求してこようとしているのか。拓海は警戒するように身をこわばらせた。
こちらの態度に何かを察したのか、沢尻は急に笑みを浮かべて言った。
「拓海様、誤解しないでください。私はあなたを脅すつもりなんてありませんから」
「え? そう……なの?」
「ええ。私がお嬢様に伝えなかったのは、お嬢様を思ってのことです。真実を知れば、お嬢様が傷つくだけですから」
その言葉に、拓海の沈んでいた心がわずかに軽くなった。どうやら自分は、完全な思い違いをしていたようだ。
沢尻が言葉を詰まらせながら口を開いた。
「正直、お嬢様ですが……。おそらく、もってあと数週間ほどかと……」
やはり、麗子の死期が近いことは誰の目にも明らかなようだ。常に冷静沈着な男が動揺している姿は、ことの重大さを如実に表しているように見えた。
「それで、お嬢様がこれ以上辛い思いをしないよう、余計なことは伝えずにおこうと判断しました。あと、これは個人的な話ですが、私は拓海様に親近感を覚えておりましてね。できれば、お力になれたらと思っているんです」
「そうなんだ……」
沢尻が味方でいてくれるなら、これほど心強いことはない。先ほどまでの動揺が打って変わって、胸には希望の光が充ちあふれてくる。
「私は普通の人とは少し倫理観がずれてるんですよ。極論を言えば、ばれなければどんな悪事も許されると思ってますから。たとえば、今ここで拓海様から都合のいい女を調達しろと言われたら、私は喜んでお手伝いしますよ。あなたが裏で何をしようが、私がお嬢様にさえ伝わらなければ平和は保たれるんですから。ただ、ペットショップの一件のように、私以外から情報が漏れる可能性もありますので、できれば慎重に行動していただければと」
「そうだね……」
「それと、以前もお話ししましたが、私は裏の世界に強いコネクションがありますから、あなたが想像する以上のことができるんです。前のご主人様が亡くなってから刺激の少ない日々を送ってきてますので、
そろそろ新たな刺激がほしいなと思ってるんです。ですから、何かあればぜひ私を頼ってください。少しグレーな仕事のほうが私には向いてますので」
沢尻はそう言って不敵な笑みを浮かべた。
「ちなみに、お嬢様は情報と引き換えに、リョウという女に百万円も払ったんですよ」
「百万も!?」
「ええ。お嬢様は情にもろいところがありまして、泣きつかれると断れないんです」
百万とは、なんて強欲な女なんだ——。拓海は再びリョウへの怒りに身を震わせた。
「ああいう人間は一度味をしめるとさらに強欲になりますからね。またお嬢様に泣きついてくるかもしれません」
「確かに……」
「ですが、またタカってくるようでしたら、私がお嬢様に代わって思い知らせてやろうと思ってます」
沢尻は笑いながらそう言ったが、その目は冷たく光っていた。
拓海はこれで確信した。沢尻はこれまで麗子の指示で何人もの人間を消してきたのだ。今の発言と自信に充ちた顔がそれを物語っている。おそらく麗子は、沢尻に頼りすぎたのだ。それで警察が動き出したのだろう。きっと、祈祷師の女が言っていたように、取り憑いた怨念が悪運を呼び込んだのだ。
沢尻と別れたあと、拓海は固く決意した。自分は麗子の二の舞にはならないと。たとえ気にくわない人間を容易に始末できる力を手に入れたとしても決して乱用はしない。道理をわきまえて行動するのだ。
「麗子と、そして佐藤をこの世から消したら終わりだ。絶対にそれで終わりにする。絶対にだ!」
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