高額な情報 ①
【悪魔も聖書を引用できる——】
衝撃のラスト!
あなたはきっと騙される!!
「麗子さん、ここ!」
呼びかける声が店内に響いた。奥の二人掛けの席に座っていたのは、仲間内から「リョウ」と呼ばれている拓海の劇団仲間だ。麗子は公演の打ち上げで何度か顔を合わせたことがあったが、今日は彼女から連絡を受けてここへやって来たのだ。
横に長い広々とした店内はほぼ満席だ。麗子はコーヒーの入ったマグカップをレジで受け取りリョウのもとへ向かうが、途中、幾人かの客から好奇の視線を感じた。おそらく、痛々しいほどに痩せた女が現れたことに驚いているのだろう。
「麗子さん、だいぶ痩せましたね……」
開口一番、リョウはそう言った。彼女が驚くのも無理はなかった。前回会ったときから、十キロ以上は体重が落ちているのだから。
「……拓海さんから体調が悪いとは聞いてたんですけど、かなり悪いんですか?」
「そうね。最近は出歩くのも辛くて」
「そうだったんですね……。それなのに呼び出したりして、ごめんなさい……」
表情を曇らせたリョウに、麗子は笑顔を向けた。
「いいのよ、気にしないで。むしろ呼んでもらえてよかったと思ってる。たまには、お日様の光を浴びないとね」
「そうですよね……。日に当たるのって大事ですもんね」
リョウはぎこちなく笑って答えた。
ここで麗子は、思わず振り返って後ろの席に目をやった。背後から響くキータッチの音が気になったからだ。
耳障りな音を発生させていたのは、スーツ姿の若いサラリーマンだった。男はノートパソコンに向かって忙しなくタイピングしている。必要以上に大きな音を立てているのは何のアピールだろうか。
麗子は自分の表情が険しくなっているのを感じた。健康が優れないときに聞く騒音は妙に神経を逆なでしてくる。麗子は怒りを抑え込み、前に座るリョウに視線を戻した。
リョウは緊張した様子で、落ち着きなく目をキョロキョロ動かしている。
麗子はマグカップのコーヒーを一口飲んでから口を開いた。
「さっそくだけど、聞かせてもらえるかしら。あなたが持ってるっていう拓海さんの情報を」
リョウは待ってましたとばかりに少し身を乗り出してきた。
「麗子さん、その前に聞いてください。あたし、今すごくお金に困ってて、普通のところじゃもう借りられないんです……。だから、本当はタダで教えたいんですけど、そういう状況なんで、拓海さんの情報を買い取ってもらえませんか?」
麗子はリョウの顔をじっと見つめた。彼女は恥ずかしそうに目を伏せた。
「で、いくら欲しいの?」
リョウは言いにくそうに金額を口にした。
「……百万」
「まあ、ずいぶん高いのね」
「で、でも、それだけの価値はあると思います! だって、その情報を黙ってる代わりに拓海さんにお金を要求したら、逆に弱みを握られて脅されたくらいなんですから!」
麗子はリョウの顔を見て静かに聞く。
「あなたの弱みって?」
リョウは少し躊躇してから、言いにくそうに答えた。
「実はあたし、風俗で働いてて……。拓海さんは探偵でも雇ったのか、お店に入るところを写真に撮られたんです。写真の裏には、実家の住所まで書かれてて……」
目の前に座る女が悔しそうに唇を噛んでいる姿を、麗子はコーヒーを飲みながらじっと見つめる。
リョウが苦々しい表情を浮かべたまま続けた。
「実家の両親に風俗で働いてるのばれたくはないんですけど、でもどうしてもお金が必要なんです。闇金とかに手を出したらあとが怖いんで、もう麗子さんしか頼れる人がいなくて……」
「そう」
リョウが上目遣いに麗子を見つめてくる。
麗子はマグカップをテーブルにそっと置くと言った。
「そうね。本当は情報しだいって言いたいところだけど、あなた本当に困ってるみたいだから、希望の額を払ってあげるわ。百万よね?」
リョウの目がぱっと輝いた。
「は、はい! ありがとうございます!」
「あと、一つ聞いていい?」
「あ、はい。何でしょう?」
「百万円って大金よね?」
「え、ええ……。そ、そうですね……」
「わたしって、そんなお金持ってるように見える?」
リョウは言いにくそうに答えた。
「その、何ていうか、拓海さんが麗子さんと結婚してから目に見えて羽振りがよくなったんで、それでそのくらい出せるんじゃないかって……」
「なるほど、そういうことね。納得したわ」
金の催促をされるのは事前に予期していた。金額も予想通りだった。
「実はね、用意してあるの」
「え、本当ですか!?」
リョウが目を輝かせる。
「はい、これ」
麗子が厚い封筒を差し出すと、リョウは感激した様子で受け取った。隣の席に座る男が、興味深そうにリョウが手にした封筒に目を向けていた。
「麗子さん、本当にありがとうございます!」
リョウは封筒を握りしめながら深々と頭を下げた。彼女はすぐにでも中身を確認したい様子だったが、それは失礼に当たると感じたのか、封筒の厚みだけで金額を推し量っているようだ。
「じゃあ、さっそく教えてもらえるかしら。あなたが持ってる情報とやらを」
「あ、はい!」
リョウは姿勢を正すと、少しもったいぶった口調で話し始めた。
「実は拓海さんなんですけど、浮気してるみたいなんです」
その言葉に、麗子はすっと目を閉じた。唇をきつく結び、しばらく黙り込む。
やがて、リョウが心配そうに声をかけてきた。
「……あの、麗子さん、だいじょうぶですか?」
麗子は目を開けると、小さくうなずいて見せた。そして先を促すように軽く手で合図を送った。
リョウは座り直して再び姿勢を正すと、深刻そうな表情を浮かべて語り出した。
「数か月前のことなんですけど、拓海さんが女の人とペットショップにいるのを見かけたんです。で、その女の人って、たぶん拓海さんの元カノさんです。拓海さんが麗子さんと付き合う前まで、舞台を毎回見に来てて、打ち上げにもよく顔を出してたからあたしも面識あるんです。拓海さん、麗子さんと結婚してからも元カノさんと関係を続けてたみたいです。だって、結婚後もその人が舞台を見に来てたのを、あたし目撃してるんですから。拓海さんにそのことを言ったら他人の空似だってごまかされましたけど。麗子さん今、拓海さんに限って浮気なんてありえないって思ってるかも知れないですけど、あたしが撮った動画を見たら、ただの女友だちじゃないってことすぐにわかりますよ」
ちょっと待っててください、と言ってリョウはスマホを手にした。
「これです」
麗子の前にスマホが置かれ、リョウが画面中央の再生ボタンをぽんと押すと動画が流れ始めた。
遠目に撮影された映像だった。通路の奥で、ペットケージを見て回る男女の姿が映っている。男女ともにキャップとマスクをしていて顔はわからなかったが、背格好や雰囲気から男のほうは拓海に違いない。いっしょにいる小柄な女は、ペットケージを見て嬉しそうにはしゃいでいる。その姿を拓海が保護者のような佇まいで見守っているような感じだ。互いの距離は近かったが、狭い通路では自然と距離は近くなるものだ。恋人同士だと断言するには、少し証拠が弱いようにも思える。動画は二分ほどで終わった。
「どうです? あたしの言った通りですよね? ペットショップを出たあとも追おうとしたんですけど、すぐタクシーに乗られちゃって、それ以上は追えなかったんです」
リョウはそう言って、悔しそうに顔を歪めた。
スマホを手元に戻すと、リョウは憤然とした態度ででまくし立てた。
「やっぱりこれって、許されないことだと思うんです。麗子さんみたいな素敵な人と結婚しておいて浮気するなんて。拓海さん、表では麗子さん一筋みたいな顔してるくせに、裏でこそこそと別の女と会ってたんですよ。ひどくないですか? きっと調子に乗ってるんですよ。いい会社に入れたのだって麗子さんのおかげなのに、それを自分の力だと勘違いしてるもんだから調子に乗って浮気なんてするんですよ。ほんとはあたし、風俗で働いてることを親にばらされるのすごく怖かったんですけど、でもやっぱり、拓海さんのこと麗子さんに伝えられてよかったと思ってます。だって、拓海さんは浮気した罰をしっかり受けるべきなんです。絶対に」
リョウはまるで、自分が正しい行いをしてると言わんばかりの勢いだ。
麗子は白いマグカップを口元に運んだ。店内は相変わらず混雑しており、新しく入ってきた客が空席を探して右往左往している。
マグカップをそっと置くと、麗子は静かに口を開いた。
「そうね、あなたの言う通りかもしれないわね。でも、このことについては少し気持ちを整理してから拓海さんと話し合いたいの。だから、今日わたしと会ったことは黙っててくれる?」
「あ、はい、だいじょうぶです。約束します。でもどうするんですか、拓海さんのこと」
その質問に、麗子は少し間を置いてから答えた。
「そうね。もし本当に浮気してるなら、お仕置きが必要かもしれないわね」
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