第92話 下積み冒険者は避難住民に合流する
走ること一時間程度だろうか前方に人の列が見えてくる。もちろん避難移動中の住民である。
蟻たちも30分もすればここまで到達してしまうだろう。
短い時間だが皆で命をかけて稼いだ時間である。
応援は来たのだろうか、不安と期待を胸に秘めて住民の列へと合流する。
最後尾で私たちを待っていたのはギルドマスターのメガネである。冒険者も増えている様子はなくまだ応援は到着していないようである。
メガネの横を追走しながらドワ子が代表して口を開く。
「クローム、出来る限りの足止めはしてきたけどもうすぐ蟻たちはやってくる。あとここに来てない冒険者は……」
メガネが首を振る。
「リンさん、わかってます。何をしてきたかは合流した冒険者の方々に聞きました。まだアインスからの応援は到着していません。そんな中貴重な時間を稼いできてくれたのです。それだけ危険な仕事をしてきて皆が生きて戻れるはずはありませんから」
その言葉に最後尾にいた住民たちの中に命を落とした冒険者の家族もいたのだろう、走っていた足を止め悲痛な声をあげたり、泣き崩れる住民もいた。
夫を失ったかもしれない女性や子どもを失ったかもしれない親など数人が涙を流す。
そんな中ドワ子が泣き崩れた若い女性の手を取り語りかける。
「足を止めないであの人たちはあなたたちを守るために戦ったんだから、すぐに蟻がやってくる」
ドワ子は他の人たちにも目を合わせて頷き、住民たちも頷き返して涙をこらえて避難を再開する。
若い女性も立ち上がり歩き始める。
「そうですね、弟が命をかけて稼いでくれた時間を無駄にはできませんね……」
立ち上がりながら漏らした言葉に嫌な予感がする。
やめてくれ。
「弟は槍を持った新人冒険者だったんですけど立派に戦いましたか?」
その言葉が私の胸に刺さる。
この女性が少年の守りたかった家族だったのだ。
ドワ子は言葉に詰まることなく気丈に返事をする。
「はい、彼は立派に戦っていました。私たちが戻ってこれたのも彼がいたおかげです」
その女性は涙を拭い、先をいく列へと戻っていった。
そんなやり取りの中私は何もすることができなかった。
足止めを提案してあの人たちの大切な人たちを死なせたのに慰めることも謝ることもできなかった。
その思いが私の意識を心の奥深くに引きずり込んでいく。
ディクトが何か言って励ましてくれていたのだがそれさえも耳を通り抜けていく。
そんな心の内とは裏腹に事態は待ってくれるわけもなく進行していくのであった。




