もふもふ少女のお薬は
放課後、俺はかなみさんの家に来ていた。
『はい、野代です』
インターホンを押した後、聞こえてきたのはかなみさんのお母さん、みやさんの声だった。
「あ、あの! 和樹です!」
勢いでここまで来ておいてから気づく、あの事件以降話していないかなみさんの家に行くのか! き、気まずい……
そんな事を考えていると、ドアが開いてみやさんが出てきた。
「和樹くん、助かったわー」
「……助かった?」
「うどんを作ろうとしてたんだけど麺を切らしてて……ちょっと頼まれてくれない?」
なるほど、そういう事か。風邪をひいているかなみさんを放って買い物には行けないのだろう。
ただの風邪でもかなみさんにとってはどんな症状が出るかわからないのだ。
「いいですよ。どこに買ってくればいいですか?」
「ああ、違うわ。和樹くんはこっち」
みやさんに手を引かれて玄関に入れられる。
「かなみの事見ていてね」
「ちょ、みやさ……」
……閉められた。
こうなっては仕方がない。俺も男だ!
リビングをちらりと見たが、かなみさんの姿はない。やはりかなみさんの部屋だろうか?
階段を上がってかなみさんの部屋の前に立つ。
入るのか……しかし今は気まずいし……
「いやいや」
俺は頬を叩く。さっき決めたじゃないか、俺も男だ!
「…………」
男が女子の部屋にいきなり入るのはおかしくないか?
「……お母さん?」
悩んでいると、部屋の中から声がした。間違えようがない。かなみさんの声だ。
「両手塞がってる? 今開けるね」
扉が開いて目が合う。
数秒の沈黙……熱があるのか頬がすこし赤くなっていて、なんだか色っぽ……
「せ、先輩!?」
……閉められた。今度は勢いよく。
「あの、かなみさん」
「先輩、なんで……」
ここは強気にいけ、俺。
「いや、風邪って聞いたから……入っていい?」
「か、風邪がうつるので……」
「みやさんから頼まれたし、頼む」
また数秒の沈黙
「……マスク、してください」
扉が少し開いてマスクを持った手が出てくる。
「……つけました?」
「うん」
「じゃあ……どうぞ」
扉を開けて部屋に入り、俺はビニール袋をかなみさんに渡す。
「あ、これ食べれるようだったら」
中身はリンゴ。嫌いでは無かったはずだ。
「あ、ありがとうございます……そうだ」
かなみさんは奥の方にあったダンボールを寄せてきて開いた。部屋に柑橘系の強い香りが広がる。
「これ、よかったら」
中に入っていたのは大量のミカン。
「凄い量だね」
五十個くらいあるんじゃないだろうか。
「明里さんが余ったからって」
「ああ、なるほど」
明里さんの祖父がミカン畑を持っていて、毎年大量に送ってくるらしいのだが……
「明里さんも伸二も柑橘系好きじゃないんだよな」
てなわけで俺も伸二からある程度貰っているのだが……かなみさんがくれるのなら別腹ならぬ別物だ。
「ありがと、帰りに貰っていくよ」
「はい、流石にこの量は食べられ……すいません」
かなみさんは途中で咳き込み、近くにあった水筒に手を伸ばす。
小さい咳をしながら蓋をとり、水筒を傾けるが……水はでない。
「取ってくるよ、貸して」
「い、いえ。そんな」
「病人はおとなしくしてて」
半ば強引に水筒を取り、俺は立ち上がる。
「水でいいの?」
「はい、冷蔵庫に湯冷しが」
「わかった」
部屋から出て扉を閉めた後、俺は気づいた。なんだか自然に話せてるぞ。
気まずい空気になるとばかり思っていたのに……中々いい感じじゃないか。
と、ここで俺は違う可能性気づく。
もしかして……うやむやにされてる? 迷惑だったから無かった事に……?
「…………」
喜ぶべきか、悲しむべきか。複雑な気持ちになりながら水を入れ、二階にあがる。
「おまたせー」
「すいません、ありがとうございま……」
かなみさんは立ち上がろうとしたのだが……いきなり力が抜けたように倒れこんできた。水筒を下に落とし、なんとか受け止める
「ちょ、かなみさん」
顔が真っ赤だ、胸元にきたかなみさんの頭を触る。結構熱いな……
「大丈夫?」
「は、はい」
返事はとても小さい。それにしんどそうだ。どうすれば……
混乱していると誰かが階段を登ってくる音がした。みやさんが帰ってきたようだ。
「ありがとうね和樹くん、プリン買ってきたわよー」
「み、みやさ……」
ここで冷静に、客観的にこの状況を見てみよう。
真っ赤な顔のかなみさんを、俺が抱きしめる形となっているのだ。……やばい。
しかしかなみさんが風邪をひいているのは知っているみやさんなら、この状況を正確に把握してくれるはず……
「えっと……その……和樹くん」
目が泳いでいる。
「これ、私はお邪魔な状況? お邪魔じゃない状況?」
「お邪魔じゃない方です!」
って、そんな場合じゃない!
「みやさん! かなみさんが!」
みやさんはかなみさんをすこし見て。
「ああ……眩暈ね、かなみ」
かなみさんが小さく頷いたのを見て、みやさんは難しい顔をする。
「和樹くん、かなみを寝かせてすこし手伝って」
「は、はい」
かなみさんを布団に横たわらせ、みやさんについて階段を下りる。
「今回は大丈夫だと思ったんだけどね……」
「今回は……?」
「風邪をひいたとき、たまに強い眩暈を起こすことがあるの。で、眩暈が起きた時には必ず高熱がでるの」
「どうにか楽にできないんですか……?」
みやさんは引き出しからタオルを取り出し、俺がためた水につけながら溜息をつく。
「風邪くらいの症状だったら使える薬があってね、いつもはそれを使っているのだけれど……今は切らしてて」
「近くの薬局で買えるような薬……ではないんですね」
みやさんは頷く
「それって……どこにあるんですか?」
「化狸の里の方らしいわ、いつもは仁さんがとってきてくれているの」
「そうなんですか……」
ならば仁斗さんがとってきてくれるまでの辛抱、ということだ。
「……遅くなっちゃってるわね。ありがと、もう大丈夫よ」
「えっと、じゃあ……明日も来ていいですか」
「助かるわ」
そう言ったみやさんの顔は、すこしだけ不安げなのだった。




