第3話
「生徒よ!――」
教室のざわめきが、一声の高らかな叫びでかき消された。全員の視線が教室の入り口へと注がれる――生え際がほとんど頭頂まで後退し、額がつるりと光った中年の男が教壇へ歩み寄り、両手を教卓に突いた。原由健、数学教師。先ほどの、神への祈りにも似た生徒への挨拶が彼のトレードマークだ。
「よし、自己紹介はもう要らないよな?」
教室を見渡してから、原由先生はそう言って、生徒たちの笑いを誘った。
「なんだよ、学年に数学教師なんて一人しかいないんだから、誰だってお前の生徒だろ?」
古斗がそう言った。
「今学期は俺が二年C組の担任を務める。よろしく頼むぞ!」
軽く一礼すると、原由先生はファイルから名簿を取り出した。
「星の原、点名を頼む!」
原由先生が名簿を最前列の女子生徒に差し出す。
「はい!――先生。」
女子生徒は名簿を受け取ると、ぴょんぴょんと跳ねるように教壇へ上がった。元気いっぱいだ。顔にかかった茶色の髪を耳元へ流すと、高らかな声で紙に書かれた名前を読み上げていく。
「星の原……誰だっけ?」
「前のB組の委員長だよ、星の原夏明。」
「夏明……ああ。」
嶼言には少しだけ覚えがあった。前のB組の委員長、それだけだ。
「そうそう、人を仕切るのがとにかく厳しいんだよ。」
古斗は首をすくめて、それ以上は何も言わなかった。
……
「藤河!――」
「はい……」
古斗は机に突っ伏したまま、片手をだらりと挙げて応えた。
「藤河くん、初日くらいしゃきっとしなさいよ!」
夏明が古斗に向かって笑いかける。
「はいはい……」
古斗は渋々と体を起こし、前の席の嶼言に近づいて小声で言った。
「あの人にいちいち指図されるの、マジで嫌なんだよな……」
「次、遠海くん!」
「はい!」
嶼言はいつものように応えた。
「うんうん!」
夏明は嶼言に向かって頷いた。
「遠海くんって学年一位なんでしょ?すごいね、これからもよろしくね!」
嶼言は、教室中の視線が自分に集まってくるのをはっきりと感じた。
「なんなんだよおおお!点名で余計なこと言うなよ!」
嶼言は古斗に同意した。
「最後……蒼島くん!」
「……」
台下から応答はない。生徒たちは互いに顔を見合わせた。
「え、いないの?」
「蒼――」
「はい!――」
外からかすかな足音が聞こえ、続いて夏明への応答が響いた。息は荒く、切れ切れだ――教室の入り口に、一人の女子生徒が立っていた。深い青の長い髪は濡れて重みを増し、体にぴたりと張り付いている。白いシャツはほとんど半透明の状態だ。水がスカートの裾から一滴、また一滴と足元に落ちていく。傘も雨合羽も持っていない。
「すみません、先生……」
彼女はか細い声で、遅刻の詫びを口にした。
「……」
台下から、くすくすという笑い声が起こった。
「ドンドンドン!――」
原由先生が教卓を激しく叩き、台下を見る目が厳しくなった。笑い声はぴたりと止んだ。
「生徒よ、そんな体じゃ体調を崩すぞ。」
原由先生は濡れ透けた女子生徒に向き直り、声のトーンを優しく戻した。
「星の原、着替え室に連れて行ってやってくれ。替えの服があったはずだ。」
「はい、先生!」
夏明が蒼島の手を引き、視界から消えていった。
原由先生は再び台下の生徒たちを見据えた。誰もが黙り込み、空気は異様に重い。
「何を笑ったんだ、お前たちは?」
「……」
「家で退屈して、学校に来てクラスメイトをいじめて遊んでるのか?」
「……」
「今お前たちが笑ったということは、クラスメイトへの思いやりが欠けているってことだ。これはとても恐ろしいことだと分かっているのか?」
原由先生は指先で教卓をコツコツと叩き続け、誰も目を逸らせなくさせた。
「お前たちも、俺たちも、この島で一緒に暮らしているんだ。家族も同然じゃないのか?お前たちのやったことは、それでいいのか?」
そう言い終えると、原由先生は窓際の椅子を引き寄せて腰を下ろし、名簿を開いて台下から視線を外した。
「自分たちでよく考えろ。次はないぞ!」
教室は数秒間静まり返り、それから時間の再生ボタンが押されたように、ページをめくる音や書き物の音が再び響き始めた。
嶼言は教室の入り口をちらりと見た――夏明と蒼島はすでに廊下の奥へ消えている。視線を戻すと、うつむいて教科書を開いた。
「まったく、あいつらは原由先生を分かってないな。見事に地雷踏みやがって。」
古斗が呆れたように首を振った。
蒼島汐鳴――学年二位の生徒。成績表で見たことがあるから、嶼言にも少しだけ印象があった。
これで、始業式は終わりらしい……




