↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/4

第3話

「生徒よ!――」

 教室のざわめきが、一声の高らかな叫びでかき消された。全員の視線が教室の入り口へと注がれる――生え際がほとんど頭頂まで後退し、額がつるりと光った中年の男が教壇へ歩み寄り、両手を教卓に突いた。原由健(はらゆう けん)、数学教師。先ほどの、神への祈りにも似た生徒への挨拶が彼のトレードマークだ。

「よし、自己紹介はもう要らないよな?」

 教室を見渡してから、原由先生はそう言って、生徒たちの笑いを誘った。

「なんだよ、学年に数学教師なんて一人しかいないんだから、誰だってお前の生徒だろ?」

 古斗がそう言った。

「今学期は俺が二年C組の担任を務める。よろしく頼むぞ!」

 軽く一礼すると、原由先生はファイルから名簿を取り出した。

「星の原、点名を頼む!」

 原由先生が名簿を最前列の女子生徒に差し出す。

「はい!――先生。」

 女子生徒は名簿を受け取ると、ぴょんぴょんと跳ねるように教壇へ上がった。元気いっぱいだ。顔にかかった茶色の髪を耳元へ流すと、高らかな声で紙に書かれた名前を読み上げていく。

「星の原……誰だっけ?」

「前のB組の委員長だよ、星の原夏明(ほしのはら なつめ)。」

「夏明……ああ。」

 嶼言には少しだけ覚えがあった。前のB組の委員長、それだけだ。

「そうそう、人を仕切るのがとにかく厳しいんだよ。」

 古斗は首をすくめて、それ以上は何も言わなかった。

 ……

「藤河!――」

「はい……」

 古斗は机に突っ伏したまま、片手をだらりと挙げて応えた。

「藤河くん、初日くらいしゃきっとしなさいよ!」

 夏明が古斗に向かって笑いかける。

「はいはい……」

 古斗は渋々と体を起こし、前の席の嶼言に近づいて小声で言った。

「あの人にいちいち指図されるの、マジで嫌なんだよな……」

「次、遠海くん!」

「はい!」

 嶼言はいつものように応えた。

「うんうん!」

 夏明は嶼言に向かって頷いた。

「遠海くんって学年一位なんでしょ?すごいね、これからもよろしくね!」

 嶼言は、教室中の視線が自分に集まってくるのをはっきりと感じた。

「なんなんだよおおお!点名で余計なこと言うなよ!」

 嶼言は古斗に同意した。

「最後……蒼島くん!」

「……」

 台下から応答はない。生徒たちは互いに顔を見合わせた。

「え、いないの?」

「蒼――」

「はい!――」

 外からかすかな足音が聞こえ、続いて夏明への応答が響いた。息は荒く、切れ切れだ――教室の入り口に、一人の女子生徒が立っていた。深い青の長い髪は濡れて重みを増し、体にぴたりと張り付いている。白いシャツはほとんど半透明の状態だ。水がスカートの裾から一滴、また一滴と足元に落ちていく。傘も雨合羽も持っていない。

「すみません、先生……」

 彼女はか細い声で、遅刻の詫びを口にした。

「……」

 台下から、くすくすという笑い声が起こった。

「ドンドンドン!――」

 原由先生が教卓を激しく叩き、台下を見る目が厳しくなった。笑い声はぴたりと止んだ。

「生徒よ、そんな体じゃ体調を崩すぞ。」

 原由先生は濡れ透けた女子生徒に向き直り、声のトーンを優しく戻した。

「星の原、着替え室に連れて行ってやってくれ。替えの服があったはずだ。」

「はい、先生!」

 夏明が蒼島の手を引き、視界から消えていった。

 原由先生は再び台下の生徒たちを見据えた。誰もが黙り込み、空気は異様に重い。

「何を笑ったんだ、お前たちは?」

「……」

「家で退屈して、学校に来てクラスメイトをいじめて遊んでるのか?」

「……」

「今お前たちが笑ったということは、クラスメイトへの思いやりが欠けているってことだ。これはとても恐ろしいことだと分かっているのか?」

 原由先生は指先で教卓をコツコツと叩き続け、誰も目を逸らせなくさせた。

「お前たちも、俺たちも、この島で一緒に暮らしているんだ。家族も同然じゃないのか?お前たちのやったことは、それでいいのか?」

 そう言い終えると、原由先生は窓際の椅子を引き寄せて腰を下ろし、名簿を開いて台下から視線を外した。

「自分たちでよく考えろ。次はないぞ!」

 教室は数秒間静まり返り、それから時間の再生ボタンが押されたように、ページをめくる音や書き物の音が再び響き始めた。

 嶼言は教室の入り口をちらりと見た――夏明と蒼島はすでに廊下の奥へ消えている。視線を戻すと、うつむいて教科書を開いた。

「まったく、あいつらは原由先生を分かってないな。見事に地雷踏みやがって。」

 古斗が呆れたように首を振った。

 蒼島汐鳴(あおしま しおなり)――学年二位の生徒。成績表で見たことがあるから、嶼言にも少しだけ印象があった。

 これで、始業式は終わりらしい……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。