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王宮の魔女<ジャードゥーガル>  作者: 平井敦史


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第四話 討ち死に

「三年ぶりになるかな。健勝そうで何より、と言いたいところだが、このたびはとんだ災難だったな、モニカ嬢」


 ジャラールは三年前、タルタル王国とファーリーズ王国の衝突が本格化する前の時期にタルタルを訪問したことがあり、その時にトルイ公爵家令嬢(モニカ)とも会っていた。

 そして、モニカの使者から事情を知らされ、彼女を迎え入れるためにわざわざ出向いて来たのだった。


「お恥ずかしいかぎりでございます。それにしても、危ういところをお助けいただきありがとうございました」


 随分とタイミングが良かったな、という皮肉をほんの少しだけちりばめて、モニカが言う。

 モニカの国外追放刑が何時いつ執行され、ファーリーズにどのルートから入るのかなど、詳細を伝えることはさすがに不可能だったのだが、彼の側からも細作さいさくを放って情報を集め、モニカに接触してきたのだろう。

 さすがに、盗賊に襲われていたまさにその時に、というのは出来過ぎだが。


「ああ、お気になさるな。そもそも、俺が助けるまでもなかったであろう。いや、このような町の近くでまで吝嗇臭けちくさい盗賊が跋扈するのを許しているというのは、忸怩じくじたるものがある」


 それに関しては、タルタルの侵攻がファーリーズの治安を悪化させているという側面も大いにあるので、モニカは深く頭を下げた。


「殿下にはお詫びの申し上げようもございません。出来うるならば、これを機に両国の和平が実現すればよいのですが……」


「ふむ、同感だが、そもそもそなたのせいではなかろう」


「恐れ入ります。……ああ、それと、今回の盗賊に関しては、殿下のご責任ではないと存じます」


「どういうことだ?」


 地面に転がるむくろに視線を落としながら、モニカは言った。


「この者たちはおそらく、私を暗殺するために雇われたのでしょう。盗賊の振りをしていたのか、それとも元から本当に盗賊だったのかはわかりませんが。いずれにしても役者不足に過ぎましたね。そうでしょう、ステラ?」


 いきなり話を振られたステラがすくみ上がる。


「え、あ、はい。まさかグリュック殿下がこのような愚かな真似をなさろうとは……」


 グリュックの差し金とは限らないけどね、とモニカは心の中で思ったが、口には出さない。


「なるほどな。一人か二人生かしておいて、背後関係を吐かせた方が良かったか?」


「いえ、おそらくは金で雇われただけで、雇い主のことは何も知りませぬでしょう」


「そうか。おっと、ついつい立ち話が長引いてしまったな。あらためて、ファーリーズにようこそ、モニカ嬢。ひとまず、町に入ろうではないか」


 そしてジャラールは、モニカとステラ、それに供の者たちを引き連れて、近くの町・カーブルの城門をくぐった。



 カーブルの庁舎に一室を与えられたモニカは、ステラをタルタルに送り届けてくれるようジャラールに頼んだ。

 正直、これ以上近くにいられて何か仕掛けてこられてはたまらないし、自分がジャラールの庇護下に入ったことを()に知らせてやって、どんな反応が返ってくるか期待している部分もあった。


 そうしてモニカが部屋でしばしの休息を取っていると、ジャラールから呼び出しがかかった。

 彼の秘書官の案内で、王太子の執務室に通される。


「くつろいでいただけたかな、モニカ嬢? あらためてそなたの真意を聞かせてもらいたい。ファーリーズにおいでになった理由はすでに伺ったが、俺と繋ぎを取って、一体何を期待している?」


ジャラールの鋭い視線を受け流し、モニカは涼しい顔で答えた。


「殿下の御許おんもとでファーリーズへの滞在をお許しいただきたい。ただそれだけでございます」


「ほう、欲の無いことだな。そなたをおとしいれた連中に復讐しようとは思わぬのか?」


「はい。今の私にそのような力はございませんから」


「俺が力を貸してやる――。そう言ってもか?」


 このジャラールという人物は、タルタルに圧迫され滅亡寸前のファーリーズにあって、ほとんど独力でタルタルに抗い続けてきた名将だ。

 彼の力を借りることができれば心強いが、それに対して返せるものが、今のモニカには何もない。

 タルタルがファーリーズから奪った領地を返却する、などとモニカが勝手に采配出来るわけもなし。


「お気持ちは大変嬉しいですが、結構でございます。殿下に保護していただければそれで十分でございます」


「そうか。あいわかった」


 ジャラールの快諾を得て、モニカはほっと安堵の溜め息をいた。

 彼女を陥れた者たちへの復讐は、いずれ時機を待った上でのことだ。

 ――そう思いつつも、モニカは心の中である状況の到来を期待していた。

 そしてその状況は、思いのほか早く訪れた。



 ファーリーズに追放したモニカがジャラール王太子の庇護下に入った、という情報を耳にして、グリュックは激怒した。

 そのまま野垂れ死ぬか、ファーリーズ人の怒りを買ってなぶり殺されることを期待していたというのに。

 グリュックは、国賊モニカ=トルイと、彼女と結託したファーリーズを膺懲ようちょうする、という大義名分を掲げて、ファーリーズに向けて兵を発した。



 グリュックは一年ほど前に対ファーリーズ戦線で初陣を済ませている。

 そこで彼は、周囲の者たちが止めるのを振り切って敵陣に突撃を仕掛けた。

 そしてその時は、元々タルタル側の兵力が圧倒的に優勢だったこともあり、必要以上の犠牲を払いながらも大勝利を収めたのだった。

 その成功体験が、彼を破滅へと導くこととなる。


「おそらくあのお人は理解していないでしょうが、その時と今回とでは、二つ大きな違いがございます」


 ジャラールを前にして、モニカが語る。


「ほう。それは何かな?」


「まず一点目は、その時とは彼我ひがの兵力差が大きく異なるということです。現在、タルタルの主力部隊は国王陛下御自(おんみずか)らも含め対ゴールド王国戦線に投入されており、こちら方面に投入できる兵力は限られています」


「そうだな。むしろ、兵力的にはこちらの方が上だ」


「そしてもう一つ。前回グリュック王子の相手となったのは、ジャラール殿下ではございませんでした」


 若干の追従も込めてモニカがそう言うと、ジャラールは愉快そうに笑った。


「ああ、まったくだ。俺を相手に簡単に勝てるなどと思ってもらっては困る。猪武者が突っ込んで来たら、軽くはじき返してやろう」


「いえ、殿下には負けていただきます」


「何!?」


「ファーリーズ軍には、グリュック王子率いるタルタル軍の猛攻をこらえきれずに敗走していただきます。そして、図に乗った彼は敗走する敵を追撃し……」


 そこまで聞いて、ジャラールも納得し、にやりと笑った。


「……なるほどな。いや、そなたも意地が悪い」


「勝つためには当然のことでございましょう」


 モニカは涼しい顔でそううそぶいた。



 カーブルの町から程近いパルワーンという地で、グリュック率いるタルタル軍と、これを迎え撃つジャラールのファーリーズ軍が激突した。

 合戦はモニカの予想通りに展開、偽走ぎそうするファーリーズ軍を深追いしたグリュックは、伏兵の攻撃に遭い、あえなく討ち死にを遂げた。



 さすがにそうそう上手くことは運ばないだろうという予測を覆して、モニカの敵はあっさりと自滅した。

 しかしこれで、タルタル王が対ゴールド王国戦を切り上げて、息子の仇討ちに乗り込んでくるおそれがある。


「それも返り討ちにしてくれる、と言いたいところだが、さすがにタルタル軍主力を相手取るのは骨だし、タルタル王も百戦錬磨だ。厳しい戦いになるな」


 憂色を深めるジャラールに、モニカは言った。


「このままじっとタルタル軍に討伐されるのを待つのは下策でしょう。逆にタルタルに乗り込んで、グリュック王子の非を鳴らし、返り討ちにあったのは自業自得だと宣伝するのがよろしいかと」


「ふむ……。そう上手く行けばよいがな」


 首を傾げるジャラールに、モニカは胸を張った。


「本当のことでございますから。それに、私の実家トルイ公爵家と、バゥト辺境伯家がこちらにつけば、タルタル王とて迂闊に手出しは出来ぬでしょう」


「わかった。そなたに任せる」


 ジャラールの言質げんちを得て、モニカは父トルイ公と、バゥト辺境伯に文を送った。

 そして、ジャラール率いるファーリーズ軍とともに、祖国の土を踏んだのだが……。


 そこで思いもよらぬ誤算が生じた。

 話が付いていたはずのバゥト辺境伯家の軍が、突然ファーリーズ軍に攻撃を仕掛けてきたのだ。

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