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王宮の魔女<ジャードゥーガル>  作者: 平井敦史


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第三話 国外追放

「こんなの酷過ひどすぎます! 供の者を連れて行くことすら許されず、他国へ、それも散々戦争してきて恨みを買っている国へ追放なんて、死刑も同然じゃないですか!」


「本当にそうです! どうしてお嬢様がこんな目に!」


 侍女たちが口々に憤るのを、モニカは黙って聞いていた。


(まあ、実際死刑の代わりなのよね。建国四家けんこくよんけの者は罪一等を減ずる、っていう国法があるから……)


 トルイ公爵家をはじめとする名門貴族たちは、その多くがタルタル王国建国の功臣の末裔であり、中でも主要な四家は、初代国王から特権を与えられていて死刑にすることができないのだ。

 そのため、国外追放は、重罪を犯したり、あるいは政争に破れたりした貴族に対する最高刑として機能している。


「でもきっと大丈夫ですよ、お嬢様! 旦那様がお戻りになれば、こんな出鱈目な裁定はひっくり返してくださいます!」


「さて、それはどうかしらね……」


 モニカの冷静な指摘に、侍女たちは不安げに口をつぐんだ。


 公爵が王都に帰還して反撃を試みたとしても、王太子陣営はそれを迎え撃てる準備をしているのはないか。その上で今回の陰謀を仕掛けて来たのではないか、という不安は、すでに公爵家の家臣や使用人たちの間に広がっており、それに対する態度は様々だ。

 そんなはずはない、公爵様が何とかしてくださるはず、と楽観視する者。

 楽観はできないと思いながらも、公爵家に忠義を尽くそうと決意している者。

 そこまでの忠誠心があるわけではないが、さりとて逃げ出す先の当ても無い者。

 そして――、沈む船に見切りをつけ、さっさと逃げ出す者。


「カシムさんなんか、いち早く逃げ出しちゃったのよね。旧ファーリーズ王国領出身の戦争奴隷で、旦那様に解放してもらって重用されていたっていうのに」


「本当、恩知らずにも程があるわ」


 公爵家を去った元同僚に憤る――、あるいは、矛先を向けて不安を紛らわせる侍女たちを、モニカは優しくたしなめた。


「奴隷身分から解放された以上、その後の出処進退は本人の自由。解放してやったことを恩に着せて縛ったのでは、解放の意味が無いでしょう?」


「それはそうですが……」


「さあ、おしゃべりはこのくらいにして。おそらく、陛下やお父様が王都に戻られる前に追放刑を執行しようとしてくる可能性が高いわ。そのつもりで準備を進めておきましょう」


 モニカはぱんぱんと手を叩いて、侍女たちを叱咤した。



 モニカの予想通り、彼女の国外追放は王たちの凱旋を待たずして執行される運びとなった。

 追放先はファーリーズ王国。

 タルタル王国が散々にその領土を切り取ってきた国であり、タルタルに向ける国民感情は最悪と言っていい。

 まあ、四方八方にいくさを仕掛けているタルタルに対して、良い感情を持っている国など皆無に等しいのだが。


 現在国王親征のもと戦争真っ最中の、東のゴールド王国ではなく、一応現在は戦況が落ち着いているファーリーズ王国、というのは、モニカが予想していたとおりだった。


 両国の国境、といっても、線が引いてあるわけではもちろんなく、山脈や河川などの自然地形が国境になっているわけでもない。タルタルがファーリーズの領土を侵食している最前線、この先の町はまだ(辛うじて)ファーリーズ領、という状況だ。


 モニカを護送してきた兵たちが引き上げていき、公爵家の者たちを随伴させることも許されず、モニカは一人取り残されてファーリーズ領へ向かう。

 そのはずだったのだが、たった一人、彼女に同行する者がいた。

 トラキナ妃の侍女・ステラだ。


此度こたびのこと、王妃様は大層お心を痛めておいでです。モニカ様のことを何とかお救い出来なかったかとご自分をお責めになっています」


 ステラが申し訳なさそうに、そう口にする。


「それに私自身、帳簿に仕掛けられた細工を見抜けなかった責任もございますし。本当に申し訳ございませんでした」


 深々と頭を下げるステラを、モニカは手を上げて制した。


()()()()()()()()()()()()()()()()()。そのことについてとやかく言うつもりはないわ」


 ()()()()()()()のではなく、貴女が仕組んだことでしょう、という言葉を、モニカはぐっと飲み込んだ。


 単式簿記な上に巧妙に隠されていたとはいえ、モニカがチェックした帳簿に不正があれば、何らかの違和感は覚えた可能性が高い。

 おそらく、不正が発覚したのはステラが手伝ってくれていた分。

 彼女がその手で仕込んだのか、元々仕込まれていてそれをモニカの目に触れぬよう隠したのかまではわからないが、ステラが――そして彼女のあるじたるトラキナ妃が、全くあずかり知らなかったとは考えにくい。


 そもそも今回の件、グリュックには反公爵派をまとめ上げるだけの人望も政治手腕もありはしない。

 絵図を描き、一派をまとめ上げて事を主導したのは、トラキナ妃その人なのではないか。

 彼女も、トルイ公爵が次期国王たる息子グリュックの外戚として権勢をふるうことを好ましく思わなかった、ということなのだろう。


 夫である国王陛下はもちろんのこと、息子に対しても甘やかすばかりではっきりと物申すことも出来ない気弱な女性、という印象を完璧に演じているのを真に受け、親切ごかしに侍女に手伝わせてくれるのを、元はと言えばという気持ちはありつつもありがたいとさえ思っていた自分の迂闊さが呪わしい。


 グリュックたちに対してはモニカがファーリーズ領の町に足を踏み入れるまでの見届け人という名目、モニカに対しては帳簿の不備を見抜けなかったせめてもの詫び、という口実で、王妃がステラを同行させているのも、ただそれだけの理由であるはずがない。

 モニカがファーリーズの有力者と接触し、その庇護下に入ってしまうような事態を阻止する――、必要とあらば暗殺する。そこまでしない、あるいは出来ないとしても、事態を王妃に報告することが、ステラの役目と見て間違いない。


 モニカは武芸においても魔法においても「淑女の嗜み」の枠には到底収まらない水準レベルのものを身に着けており、一方のステラは、特別武芸に秀でていたり魔法にけていたりするという話は聞いていないし、モニカの見るところおそらくそれは事実のようだが、油断は出来ない。

 ましてや、たった二人で旅をしていてその連れに毒を盛られるのを完全に防ぐのは、困難極まりないことだ。


 トラキナ妃が黒幕だとは気付いていない振りをし、王妃の心遣いとステラの親切に心から感謝しているように装いつつ、暗殺に細心の注意を払う。

 さすがのモニカも神経を擦り減らしながら、ようやくにして遠くに町の城壁が見えるところまでたどり着いたその時、何人もの男たちの雄叫びが轟いた。


「いよう、別嬪べっぴんさん。こんなところでお散歩かい? 危ないから俺たちが案内してやるよ」


 馬にまたがり、粗末な皮鎧を着込んだ、絵に描いたような盗賊どもが十騎あまり、モニカたちを取り囲み、その頭目とおぼしき男がつまらない冗談を口にする。

 他の男どもの下品な笑い声が大層耳障りだ。


「行き先は奴隷市?」


「おう、よくわかってるじゃ……ごふっ!」


 品のない笑みを浮かべていた頭目の頭部が消し飛んだ。

 彼らの接近に気付いた時から唱えていた火炎魔法を、モニカがぶっ放したのだ。


「おかしらっ!? てめえこのアマ!」


「ぶっ殺せ! あ、いや、殺すんじゃねえぞ。お頭の仇を討つのは地獄を見せて……ぎゃっつ!」


「地獄がどうかした?」


 この期に及んでまだモニカのことを単なる獲物だと思っていたらしい盗賊を、雷撃魔法で黒焦げにし、あるじを失った頭目の乗馬を奪って、包囲網を突破する。

 ステラが取り残されたのは知ったことではなかったのだが、彼女もちゃっかり混乱に乗じて盗賊たちの間をすり抜け、包囲網から脱出していた。

 そしてモニカは護身用に携えていた弓矢を射放ち、たちまちにして三人を射倒す。

 さらに攻撃魔法を放って、二人を血祭りにあげた。


 残るは三人。

 怖気おじけづいて逃げ出すならどうぞご自由に、と思っていたら、その三人も相次いで矢の餌食となった。

 射たのはモニカではない。

 矢の放たれた方にモニカが目を向けると、そこには逞しい偉丈夫が馬に跨り、弓を携えていた。


「助けは必要なかったかな?」


「いえいえ、ご助力感謝申し上げますわ」


 モニカがさっと下馬して恭しく礼を取る。


「あ……あなた様は……」


 呆然と成り行きを見つめていたステラが、我に返ったように呟くと、偉丈夫は鷹揚に名乗りを上げた。


「ファーリーズ王国王太子ジャラールである。ようこそ、モニカ嬢。と、そちらの女子おなごは?」


「トラキナ妃の侍女のステラという者です。わざわざのお出迎え感謝申し上げます、ジャラール殿下。カシム、どうもありがとう」


 ジャラールに礼を言ってから、その傍らに立つ人物をねぎらう。


「いえ、とんでもない。旦那様とお嬢様のご恩に報いるためならば、このカシムどのような労も、この命すらも惜しみませぬ」


 公爵家から逃げ出した――というていで、祖国であるファーリーズへの使者を務めた男は、あるじの息女に深々と頭を下げた。

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