(11)決着!
「まもなくパーティーのお時間になります」
そのウィリルの言葉で、私たちはマリエルの部屋をあとにした。さすがにたくさんの貴族がいる中で、砂や木の葉のついたマントを纏っていては目立つので、藤色のドレス姿になって、パーティ会場へ行く。もちろん、顔は髪飾りについた薄いヴェールで隠している。
それでも人目が気になって、二階の端にいた。
会場の広間は、さすが王宮だ。きらびやかなシャンデリアがいくつもつり下がり二階まで吹き抜けになった広間を、華やかに照らし出している。
二階から見下ろせば、たくさんの人々が主役の登場を今か今かと待ち構えている。
フリルやレースのついたドレスが華やかだ。男性も刺繍の施された上着を纏っていて、私は初めて見るたくさんの貴族の姿に、手すりの側で口を開いた。
「これが社交界……」
正直、完全に場違いだ。気後れしてしまって、とてもあの中に入る気にはならない。
いや、もちろん任務ならば、するけれど……。
こっそりと窺っていると、横からレオスが声をかける。
「下にはいかないのか?」
「うん、ちょっとあの中に入るのは……。それにここからのほうがよく見えるし」
「たしかに、誰がなにをしているのか、すぐにわかる」
おそらく怪しい動きをしている者がいないかを言っているのだろう。
「うん、それも気になるけれど……」
「うん?」
尋ねた顔に、広間の下のほうの一隅をすっと指す。
「あそこにベルスート伯爵がいるんだ」
上から見れば、ベルスート伯爵は、周囲にいる者たちに声高に話しかけている。
「聞けばマリエル姫は、パレードで王の紋章を身につけておられなかったとか。これでは、まことに次の女王と王妃様が認められたのかわかりませんな!」
「あいつ……!」
ここまで聞こえた言葉に、思わず拳を握った。
「今まで、外で育って、王の紋章を身につけずに即位した者などおらん。これは天が、マリエル姫は女王にはふさわしくないと告げられているのではありませんか?」
パッと置いていた剣を握った。ドレスだから外していたのだが、あまりの言葉に持って階段へ向かおうとする。
「待て!」
レオスの声が飛んだ。
「止めるな。だいたいあいつが妨害したから、マリエルが……」
さては、今回、パレードを見ていなかった貴族にまで吹聴しているのもあいつだろう。いや、ひょっとしたら、パレードの最中も、人をやって話を広めていたのかもしれない。
「真犯人はあいつに違いないのに――」
仲介者のゼロオクがいないから、捕まえることができない。賊たちを捕まえても、彼らが知っているのは、ゼロオクまでだ。ゼロオクの証言がなければ、ベルスート伯爵には罪が及ばないとわかっているから、平然としているのだろう。
ぐっと悔し涙がこみ上げてきた。
「アンジィ……」
その私の両肩に、レオスがそっと手を乗せる。
「ああ、その悔しさは俺にもわかる。でも」
すっとレオスが、剣で鍛えた手で、会場を指した。
「さっき、ディアン大隊長が朗報があると言っていただろう」
「え――」
そういえば、たしかに言っていた。思い出した言葉に、下を見れば、王宮騎士団が近づき、ベルスート伯爵に話しかけているではないか。
「王都長官、少しお話をしたいのですが、かまわないでしょうか。先ほど、ザランドに向かっていましたゼロオクという男を捕らえまして……」
その瞬間、ベルスート伯爵の顔色が変わった。
「祝いの席なので、詳しいことはあちらでお話をしたいのですが、大丈夫でしょうか」
ディアン大隊長の仕草は慇懃だが、有無を言わせない迫力をもっている。
「わ、私は……」
「王都長官のお名前を出されて、私たちも困っているのです。長官もそうだと思いますので、どうかご協力をお願いできないでしょうか」
口をパクパクとさせている。
周りにいた人々が何事かと驚いたような顔をしたが、次の瞬間、わっという声でかき消された。
ギルドリッシュ陛下だ。
その姿が、右奥の扉から現れ、ゆっくりと中央にある壇上へ進んでいく。
続いて、さらに大きな歓声があがった。
再度開いた扉から出てきたのは、マリエルだ。王妃様と並び立つようにして、登場したマリエルの姿に、全員が声をあげている。
薄桃色のドレスは、シャンデリアの蝋燭の光に華やかに輝き、その胸には、王の紋章が燦然ときらめいているではないか。
まばゆいまでの輝きを放つルビーの至宝。王家に迎えられた証である首飾りとともに、マリエルの身を星の輝きで彩っている。
圧倒的に、高貴で華やかだ。誰が見ても女王にしか見えない。
その姿に、全員が目を奪われた。
「王の紋章を身につけられているわ」
「本当だわ……。王妃様は、渡されたのね」
意外だったというように、貴族たちの幾人かが呟いている。
「王妃様は、自分のご息女を女王に推されていたのに……」
マリエルがパレードでは身につけていなかったから、王妃は内心では反対していると思われていたのだろう。驚きに満ちた様子で、貴族たちがマリエルを見つめている。
その前で、王妃がマリエルに、優雅に左手を差し出した。
「首飾りをつけてきたあなたは、今日から我が王家の正式な一員です」
その言葉に、広間に静かなざわめきが広がる。
「まさか、王妃様がマリエル姫を本当に認められたなんて――」
マリエルの右手を左の手にのせたまま、王妃はエスコートをするように、奥の中央にいるギルドリッシュ陛下の元へと連れていく。赤い絨毯が敷かれた壇の手前で止まり、マリエルは、深く身を屈めた。
「ようこそ、我が孫よ」
その言葉に、誰もがしんとしている。
「そして、ようこそ王宮へ。新たな次の女王に会えて、今日は最高の日だ」
年老いた顔に、満面の笑みで手を伸ばした。その手を取り、壇へ登るマリエルの姿に、拍手が沸き起こる。
「前々王陛下が、マリエル姫が女王になることを祝福されたわ」
「ギルドリッシュ陛下が認められたとは聞いていたが、まさかここまで気に入っておられたとは……」
長く隠居していた前々王が、わざわざ出迎えてマリエルを寿いだ。
なんでもない挨拶のようにみえるが、誰の目にもマリエルの王族の後見人は、ギルドリッシュ陛下だと映るだろう。そして、今日寿ぎを受けるのに、誰よりも反対していた王妃がエスコートをした。
これでは、もう誰もマリエルの正統性に口を挟むことはできない。
だから、私はギルドリッシュ陛下にエスコートされながら、広間の中へと進んでいくマリエルに、割れそうなほどの拍手を送る。
嬉しくて嬉しくてたまらない。これで、マリエルは無事に女王様になれる。
割れるように拍手を繰り返す。その横で、王妃がマリエルたちに晴れの場を譲り、柱の陰へと歩いていくのに気がついた。
あれ?
貴族たちの注目は、もうマリエルに移っているが、視線をやれば広間の端では、ベルスート伯爵がまだ騎士たち相手に、部屋を出るのをごねているではないか。
「私は、王都長官ですぞ? 賊がなにを言ったのかは知りませんが、そのような戯言を真に受けて、このような場から退出させるのは……」
もごもごと続けている。そこへ、人目につかないように静かに王妃が部屋の端を回って近づいてきた。
「ベルスート伯爵」
「王妃様……」
突然現れた王妃の姿に、ベルスート伯爵の目が驚いたように瞬いている。
その前で、王妃は静かに口を開いた。
「話は聞きました。残念です」
それだけで、はっきりとベルスート伯爵の顔色が青く変わる。
「王妃様……、私は」
「これまでの仕事ぶりは、評価していました――。ですが、今の私があなたに望むのは、ディアン大隊長に協力をすることだけです」
その瞬間、ベルスート伯爵の膝が崩れ落ちた。言葉を換えてはいるが、それは取り調べに応じろということだ。
すべてを知られたうえで、王妃から見放されたと知ったベルスート伯爵の全身から力が抜け、そのままディアン大隊長に連行されていく。
よかった。これで、全部解決した。
扉を静かに出ていったベルスート伯爵の背中から私は視線を動かすと、再度広間の中央で多くの貴族に囲まれているマリエルを見つめた。
「よかった。これでもう安心だな」
「ああ、無事これで夜会も始まる」
横で、レオスもそう微笑みながら話している。
だけど、安心したせいだろうか。急に目の前がふらっとする。
あれ、おかしいな。なんで目が回るのだろう。
「アンジィ!?」
もしかして、二日徹夜して動き回ったせいだろうか。そういえば、仮眠すらとってはいなかった――。
安心するのと同時に訪れた、目の前が暗くなる感覚に、私は二階の端で手すりに掴まりながら、座り込んでしまった。




