(12)私のライバル
遠くの広間から、華やかな音楽が聞こえてくる。
微かに流れる室内音楽を聴きながら、私は別室の長椅子で目を開いた。
「あれ……あの音楽……」
あの旋律は聞き覚えがある。
たしか、マリエルが教えてくれたダンスの曲だ。
目が回って視界が暗くなっている間に、いつのまにかそこまでパーティーが進んでいたらしい。
「大丈夫か?」
その言葉に目を上げれば、横ではレオスが心配そうに覗き込んでいる。
「医者によると、軽い貧血らしい」
「あーこの二日徹夜で、動き回っていたからなあ……」
貧血なんて滅多と起こさないだけに、びっくりした。
「それに、たぶんマリエルの王の紋章が無事解決したから、気が緩んだんだと思う」
軽く二三度瞬きをすると、もう目の前は大丈夫だ。念のため、手を持ち上げてみたが、ふだんどおり見えるし、動かせる。
だから、私は長椅子の上で身を起こした。
藤色のドレスが、さらりと流れる。
「悪いことをしたな。マリエルは、本来ダンスが踊れるようにって、このドレスを作ってくれたのに……」
そこまで、口にして、ふと気がついた。
「そういえば、マリエルは、今誰と踊っているんだろう?」
もしもダンス相手が変な男だったら、心配だ。とはいえ、そんな相手をウィリルが選ぶとは思えないし――。というか、よくウィリルのあの姫馬鹿審査を突破したな。並みいる貴族のほとんどを却下していたけれど……。それを思い出しながら呟くと、私が落ち着くように、レオスが、水をグラスに入れて差し出してくれた。
「姫のお相手は、ギルドリッシュ陛下だ」
「え!? ギルドリッシュ陛下!? 関節は大丈夫なの!?」
驚いて声をあげると、レオスが苦笑している。受け取ったばかりのグラスの水が、勢いで揺れた。
その前で、レオスは大きく頷く。
「チェルアから先ほど聞いた話だと、ダンス一曲ぐらい、杖なしでもなんとかなる! 孫のためなら、足腰ぐらい耐えさせてみせる、とおっしゃったそうだよ」
うわあ、ウィリルと同種の力だ。
「でも、それなら最強だな」
ギルドリッシュ陛下なら、下手な者は近づけないから護衛としても、姫馬鹿審査突破としても最強だ。ウィリルも申し込まれたら、断ることができなかっただろう。
それにダンスの相手を務めるほどなら、ギルドリッシュ陛下がマリエルを気に入っていることが、さらにみんなに伝わる。
「うん、よかった」
これならば、安心だ。だから、私は渇いていた口に、両手で持ったグラスの水をこくりと傾けて飲んだ。
「アンジィ?」
そのまま眼差しを落として、藤色のドレスを見ている私の表情に気がついたのだろう、レオスが問いかける。
「実は――ダンスの時でも護衛ができるようにって、このドレスをマリエルが作ってくれたのだけれど……踊れなかったから、申し訳なかったなと思って。代わりに、賊をおびき寄せるのには使わせてもらったけれど……」
ハハハと頭に手をやりながら、苦笑する。
「それに私がダンスを踊るにしても、相手がいなかったのだけど……」
そう呟くと、レオスがきょとんとした表情をしている。
「君がパーティーで踊るのなら、相手はもちろん誰にも譲るつもりはなかったが?」
「え?」
「練習相手はマリエル姫に取られたが、もし、パーティーで踊るのなら、即座に立候補をするつもりだった。だから、それも兼ねて衣装を用意していたんだが――」
「えっ、まさか、その服があったのって!?」
てっきり貴族だから持っていたのかと思っていたが、よく考えればふだん騎士隊で着るような服ではない。
「君がドレスで踊るのなら、俺の姿が騎士では任務がらみと思われて、正体を悟られるかもしれないだろう。だから、君の身代わり時の任務も兼ねて、一緒に踊るために家から運ばせていたんだ」
「ええええっ!」
まさか、私のためにわざわざ取り寄せていたの!
驚きすぎて、目が大きく開いてしまう。
「正直、君を口説くと宣言したが、どうすればいいのかわからなくて……。できるだけ、素直に君への気持ちを伝えているんだが、ダンスでうまくエスコートできれば、口説くのと同じぐらいの効果になるかもしれないと思って……」
「いや、あれで口説けているかわからないって……」
さすが、レオス。いろいろと恋愛面が不憫なところは変わらなかった。
あれだけ率直に口説き文句を口にしておきながら、口説いているか自信がなかったなんて!?
それだと、お前が自己採点満点の口説きができたら、私の心臓は一体どうなるんだ!?
絶対に暴走して、体から飛び出すと思う。
そう慌てるが、レオスは、真面目な顔で私を見つめている。
「だから――もし、今度君が踊る機会があれば、俺が相手をしたい。その時は、俺がエスコートをするから……」
ぐいっと体を引き寄せられる。
「でも、私すごく下手で……」
近づいた顔にドキドキとしてしまう。
「かまわない。むしろ、練習でも、俺以外の男とは踊ってくれないほうがいい。マリエル姫は従姉妹だから、仕方がないが……」
私を両手で引き寄せるレオスの背後から、今もダンスの音楽は流れてくる。
どうしよう。まっすぐな眼差しに、すごく心臓が破裂しそうだ。
レオスがこんな顔で言えば、ふつうは誰だって二つ返事で承諾するだろう。
私を見つめるレオスは、いつもの騎士服とは違い、貴族としての姿で、ひどく優美に見える。
ああ、どうしよう。この事件まで、レオスが貴族なことなんて、ほとんど意識していなかったのに。今はその姿がひどく気品に満ちて感じる。
きっと、ダンスを踊っても、誰よりも様になるだろう。それなのに、その相手を私がするなんて――絶対にステップを間違えて、音楽に遅れまくりで、レオスに申し訳なくて恥ずかしくなるのに違いない。
それなのに、本当に私が相手でもいいのか――。
真っ赤になって、頭がぐるぐると考え出したとき、ふと「あっ」と気がついた。
そうか――だから、マリエルが私に教えてくれていたの!?
もしも、私がマリエルの護衛として踊るのなら、当然相手は正体を知っているレオスになっただろう。
「あ……」
だから、私がレオスと踊っても、恥ずかしくならないように、先にマリエルが自ら教えてくれていた?
レオスは貴族で、しかも踊り慣れている。
だから――あのとき、レオスと代わらなかったんだ。私が、レオスを好きだと知っているから、きっとレオスとは綺麗に踊りたいだろうと思って――。
気がついたマリエルの優しさに嬉しくなってくる。好きな人に、綺麗に見られるように考えてくれていた――。
そうとわかって私の顔が、どうしても綻んでくる。
ドキドキは止まらないけれど、少しだけ心に余裕が生まれたような気がする。だから、いつもの笑みでレオスの腕に手を伸ばした。
「では、私が女性に戻って踊る最初の時は、レオスが相手をしてくれるか?」
そっと腕に手を添えながら尋ねれば、その前でレオスは、美しく微笑んでいる。
「もちろん、喜んで」
そして、さらに言葉を重ねてきた。
「最初と言わず、いつでも君のパートナーでいたい。ライバルだけど、それ以外でも俺は君と対等でいたいんだ。俺を何度でも惚れさせてくれる君の――」
まさか、ここでまで無意識に口説いてくるとは――。でもそれを言うのなら私も一緒だ。それに不意打ちされてばかりでは、癪に障る。
だから、少しだけいたずらっぽく笑う。そして、そっとレオスの耳に唇を寄せた。
「私も、今回の事件で、ますますお前を好きになったよ」
賢いところ、かわいいところ、綺麗なところ、強いところ、そして、その過激さ。全部がレオスだ。そのすべてが好きで、全部に惹かれる。
「前よりレオスに惚れた」
そう負けないように告白をすると、私の側で、レオスの顔がめったになく赤くかわいくなっていく。
「だから、今日のダンスの代わりに、明日は私の剣の相手をしてくれるか?」
そう尋ねると、レオスが意外そうにしたあと、やはりフッと笑う。
「ああ、ダンス以外でも、君の相手を務めさせてくれ」
一緒に少しずつ、強くなっていこう。私の積んだ経験を感じて惚れ直したと言っていたが、私も今まで知らなかったレオスの生きてきた時間を見て、その全部を含めて、もっと好きになった。
いつまでも共に強くなっていきたい。
きっと、人生で最高のライバルになれるから――。
そう思い、お互いに手を握り合った。
そして、翌日。
私は、長い金髪を括ると、王宮の庭をレオスと走っていた。
「今日からは、こちらで勤務だな!」
「ああ、もうじき騎士隊の式が始まる!」
私とレオス、それに離宮で暮らした多くの者や騎士たちが、これからは王宮で勤めることとなる。
新しいマリエル女王のために。
「よし、新しい仕事を頑張ろうな!」
そう、私はレオスに声をかけながら、晴れ渡った空の下、王宮騎士団の集合場所へと走っていった。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
番外編無事完結です。
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