(10)王の紋章をマリエルの手に!
山を下りて、一路王宮を目指す。
見れば、西の空は、かなり赤みを帯び始めている。夕方が近いのだろう。
賊が素直に返すか怪しいとは思っていたが、知らない間に時間がたっていたらしい。
急いで、田園地帯の道を駆け抜ける。
行きとは違い、もう街道にいる人たちも、だいぶ少なくなっているようだ。
近隣の街から来た女の子たちなのだろう。ゆっくりと道を歩きながら、楽しげに話している。
「とてもステキなお姫様だったわね」
「でも、噂に聞いていた王の紋章は、見られなかったわ。身につけておられないみたいだったけれど……」
やはり、パレードを見に来た者たちも、マリエルと王の紋章の二つに注目していたのだろう。
「お噂では、今日身につけられると聞いていたのに。代わりにつけられていた首飾りはステキだったけれど」
どうやら、王の紋章をマリエルが身につけていなかったことが、話題になっているようだ。
「ああ、あれも由緒があるらしいわよ。祭りに来ていた人の話によると」
「でも、こういう場合は、王の紋章をつけられるものらしいのに変よねえと、話している人たちもいたわ」
王の紋章が話題になっている。首飾りのおかげで、話題が半々だが、このままではまずい。もし、誰かがこれを聞いて、マリエルの王位継承に疑問などをつけたら――。
これ以上広がらないよう、なんとしても夜会までにマリエルに王の紋章を渡し、正統な王位の継承者である姿を見せなければ!
そう思い、暮れかけた道を急いで走る。
一般の民ならば、王都に入るところで、身分証をチェックされるが、先を駆けるレオスが自分の身分証を提示して王宮騎士団の任務だといったおかげで、馬を止めることなく入ることができた。
とはいえ、王宮の城門は、さすがにそうはいかないだろう。
ましてや、今は騎士服も着てはいない。
どうする。女装していると思われるが、私も騎士隊の身分証を出すか。でも、この顔を見られたら、マリエルの身代わりの件を話さなければならなくなるし――。悩んだところで、レオスが近づいてきた門兵に、マントから出ている自分の顔を見せた。
その瞬間、相手の動きが止まる。
そして、バッと敬礼をした。
「これは――伯爵家のレオス様!」
「正確には分家だ。マリエル姫に頼まれて、用事で遅れた侍女をお連れした」
「これは失礼しました。どうぞお通りください」
完全な顔パスだ。顔が、最強の身分証明書になっている。
まあ――そういえば、貴族だったんだよな。絶対に、真似できないレベルの美貌だし。しかも、今レオスが着ている服装ならば、どこにも疑う余地がない。
だから、助かったと門を急いで通ると、後ろで声が聞こえた。
「今日はレオス様に会えたぞ!」
「おおっ、ではラッキーデーだな!」
なんか縁起物扱いされている。まあ、生物外よりはましか。
それに、それならば、マリエルも私もラッキーデーになるはずだ!
そうなることを願い、私は急いでマリエルの元へ向かった。
王宮に入ると、すでにたくさんの貴族たちが夜会ために来ている。なるほど、きっと門兵もこのためにレオスが来たと思ったのだろう。
ざわざわと行き交う人たちが身につけているのは、絹やビロードのドレスだ。華やかな服装の人々の間を早足で歩いていく。
談笑する声があちこちから聞こえるが、それは先ほどの門兵のとは違うものだ。
「ねえ、到着されたマリエル姫をご覧になりまして?」
「なんでも、パレードを見た者の話では、王の紋章を身につけておられなかったとか……」
「あら? でも、昔愛人の子を正式に王族へ迎えた時の首飾りを、身につけていらしたらしいわよ。正式に王族へ迎えるならば、筋道を通さなければと王妃様がおっしゃったとか」
王妃が機転を利かせて、周囲にそう伝えてくれたのだろう。おかげで、なんとか王の紋章が盗まれたことは、ばれずにすんでいる。
「あら、そうですの」
だが、やはり貴族たちの言葉は怪訝そうだ。
「王妃様は次の女王に、ご自分のご息女を推されていらしたもの。本当にこのあと、王の紋章を渡される気はおありなのかしら」
「筋道なんて嘘で、なにかと言い訳をつけて、夜会でもつけておられないかもね」
くすくすと囁いて、笑い合っている。
その言葉に苛立ちを覚えながら、私は、王宮内を知っているレオスの案内で、聞いていたマリエルの部屋を急いで目指した。
白い石で造られた廊下を早足で進んでいくと、着いた部屋の前にはディアン大隊長がいる。
「大隊長」
「おお、首尾よくいったか」
「はい、任務を遂行し、無事敵を地獄へ叩き落としてきました」
物騒な返答をしているのは、レオスだ。ここで王の紋章を取り返したなんて迂闊に言えないのはわかるが、とはいえ、とんでもない虐殺任務に聞こえるのだが!?
「おう――害虫駆除ができたか。蟻地獄対応ご苦労さん」
害虫駆除――ある意味間違ってはいない。ウィリル長官と長くつきあっているだけあって、ディアン大隊長も突飛な発言には慣れているようだ。
「こちらも朗報がある。でも今は、一刻も早く姫様に届けてやれ」
その言葉で、守っていた扉の前をあけて指し示してくれた。
「マリエル――姫様、ただいま戻りました」
つい気がせいてふだんのように呼んでしまいそうになるのを訂正する。
すると、パッと扉が開いた。
開けてくれたのはミーティだ。
「アンジィ!」
奥でした声と同時に椅子に座っていたマリエルが、立ち上がってこちらへと駆け寄ってくる。
「よかったわ……無事帰ってきてくれて!」
どれだけ心配していたのだろう。気丈に送り出してくれたが、本当はとても案じてくれていたのだ。
ポロポロと涙をこぼしながら、抱きしめてくる従姉妹の腕が優しい。
だから、私はそっとその金髪を撫でた。
「帰るのが遅くなってごめん。思ったよりも時間がかかって……」
「ううん、いいの。無事に帰ってきてくれたんだから……」
嬉しそうに涙を光らせながら微笑んでいる。後ろにいるウィリルは、マリエルの心配がなくなったことにホッとした様子だ。
その二人の前に、私は片膝をついた。レオスも横で片膝をつき、その側で、私は腰に下げていた革袋から王の紋章を取り出す。
「姫、ウィリル長官――無事、ご下命の品を取り返してきました」
両手に捧げ持って、王の紋章を差し出す。
「どうかこちらをお受け取りください」
差し出した王の紋章は、星形に輝く中で、深紅の大きなルビーが鮮やかに輝いている。宝石がスタールビーだから、星形に象られているのだろう。貴重な宝石で作られた紋章を見つめ、マリエルは潤んだ瞳で、そっと両手を差し出した。
「ありがとう」
王の紋章を受け取る白い手は震えている。
それでも、たしかに両手で受け取り、それを見つめた。
「とても助かったわ。……そして、アンジィも無事帰ってきてくれたことが心から嬉しいの」
溢れる涙は、まだ止まらないみたいで、静かに流れている。
こんなに心配してくれるなんて――。マリエルのその優しさが、心にゆっくりと染みこんでくる。
だから、私は身を起こしてハンカチを取り出した。
「泣かないで。まだ本番の行事は、これからなんだから……」
「うん……」
そっと白いハンカチを目に押し当てる。その私に、ウィリルが声をかけた。
「よくやりました。アンジィ、レオス。これで姫の初の公式行事を台無しにせずにすみます」
そのウィリル長官の言葉に深く頭を下げる。
「間に合ってよかったです。でも、申し訳ありません。取り返すのが、今になったせいでパレードでは身につけられなくて」
先ほどの貴族の言葉を思い出して、視線を下げる。
「本当ならば、騎士としてもっと早く取り返すべきでしたのに……」
そのせいで、あんなふうに言われるようになってしまった。マリエルは、王妃も認めた本当の女王なのに――。
そう思いながら俯くと、マリエルは涙を拭った顔で、きょとんとしている。
「ひょっとして、ここに来るまでに、私が王の紋章をつけて王宮に入らなかったことで、みんながいろいろ言っているのを聞いたの?」
「あ、うん。まあ……」
マリエルの耳にも届いていたのか。慌てながら返すと、マリエルはふふっと笑う。
「大丈夫よ。そういうことも言われるかと、すでに王妃様とおじいさまと対策を考えてあるの」
だから、安心してという言葉に、今度は私がきょとんとなった。




