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(9)賊との戦い

 ひゅんと飛んできたロープの先端には石がつけられていて、私の右腕首を、拘束するように巻き付く。


「姫様には悪いが、夜までここにいてもらえという話なんだ。そうしたら、あと金貨千枚くれるんだとよ!」


「なっ――」


 やはり、マリエルをただで帰すつもりはなかったんだ! 女王になるための初めての公式行事の妨害。そのために、王の紋章を奪って台無しにするだけではなく、完全に欠席にさせて面目を潰すつもりだったとは!


「姫!」


 後ろから走ってきたレオスが、急いで剣を抜き、ロープを切った。


 ざんという音とともに、腕が軽くなる。


「お前たちに依頼したゼロオクという男は逃げた! もうお前たちが、姫を捕らえても、金を受け取る方法はない!」


 こんな時でも、レオスは冷静に演技と分析をしている。だが、その言葉に赤髪の男は、腕を組んで豪快に笑った。


「そんなことは、こっちだって予想の上だ! 姫君を襲うなんて恐れ知らずな計画だからな! 金は、事前に闇の金融商に預けさせている!」


「つまり、今日姫――私が行事に出なかったら、受け取れるということか!」


「そういうこった。だから、姫には、おとなしくそれまでここにいてもらおうか!」


 私の言葉に答えるのと同時に、今度は左前から鎖が、体を狙って襲いかかってきた。


「断る!」


 それを取り出した剣の一閃で打ち落とす。そして、急いで下がって、賊たちから距離をとった。


 数では多勢に無勢――。それだけに、戦い方を考えなくてはならない。


 私が、周りを敵に囲まれないように、左右に丸太が積まれているところまで下がったのがわかったのだろう。レオスも、赤髪の男の後ろのほうから飛んできた矢を、剣を使って防ぎながら、私を守るために下がった。


 その間にも、鎖を持った男の後ろから、剣を構えた別の者が走ってくる。ぶんともう一度投げられた鎖を躱した次の瞬間、その剣が、私の上から迫ってきた。


「殺されたくなかったら、おとなしくしろ!」


 抜いていた勿忘草(わすれなぐさ)が浮き彫りにされた剣で、がんと受け止める。そのまま剣を斜めにして、横に受けた刃を流しながら見れば、賊たちの中には、何人か剣を携えている者がいるようだ。


「元傭兵か!?」


「おう、最近戦いがないから、金がいるんだ!」


 横に流された剣を、再度持ち上げて上から切りつけてくる姿に、私も剣で受けると、すぐに剣先を下へと変える。


「くそっ!」


 うまいこと剣の勢いを利用してかわされていることに気がついたのだろう。躍起になったように振り上げてくるが、騎士隊で受けた模擬戦の比ではない。さらにかわした私の様子に、いらだったように剣を高く持ち上げた。


 よし、隙だらけだ!


 今ならばと思ったのに、急に左腕にじゃらっとした感触が巻き付いた。


「なんだ!?」


 驚いて見れば、先ほどかわした鎖ではないか。先端におもりがつけてあり、私の左腕首に蛇のように巻き付くと、強く引っ張って、動きを封じる。


「くっ――!」


 まずい、逃げられない。


「もらったあ!」


 叫びながら剣を振り上げている男の腹に向かって、私は右手の剣を払うように向ける。


 慌てて防ごうとした元傭兵の剣と私の剣がぶつかり、相手の刃の軌道が逸らされる。同時に、腹を狙っていた私の剣も刃先の向きが変わり、相手の脇腹を縦になった剣で殴ったぐらいで止まった。


「うおっ!」


 それでも、腹に直接打撃を食らったのは、内臓に響いたのだろう。敵が身を屈めた隙に、剣の柄で相手の頭を横殴りにする。


「ぐっ――!」


 こめかみだから、効いたのだろう。しかし、その間も、私の体は鎖によって、賊の元へと引っ張られていこうとする。


「姫さん、とったーあ」


 そんな言葉は、カードのトランプで勝ったときだけでいい!


 間延びした言い方が、さらに嫌だ。そう思ったが、鎖を持った男は、舌なめずりをするようにして私を見つめている。


「おーい、赤髪。捕まえたら、その間はなにをしてもいいんだろう? だったら、俺はこちらの姫さんのほうがいいなあ」


「まあ、俺たちのことを捕まえないようにならな。姫さんが、俺たちを捕まえた場合に、ほかの人に話されて困るようなことだったら」


「だったら、やっぱり女の子ならあれだよなあ。俺みたいな身分の者には、こんな機会なんて二度とないだろうし」


 向けられてくる視線の粘つく感じに、ぞっとした。


 傭兵だったら、戦いから戦いへと流れ歩いているから、国や王家への忠誠などないのかもしれないが――。


 慌てて、剣で鎖を切ろうとしたが、無理だ。金属だから、切ることができない。


「くっ――」


「そんなに嫌がらなくても――かわいがってやるさ。みんなで」


 その言葉に、必死で鎖の力にあらがおうとする。しかし、そのとき、横で声がした。


「少し黙って聞いていれば――」


 うん、すでに切れているような声がする。鎖でないなにかが。


「彼女をそんな目で見るな!」


 先ほどまで矢を防いで私を守ってくれていたレオスが、一瞬の間に、鎖の男の側まで走り寄った。


「え!?」


 さすがに、突然すぎて、男もびっくりしたのだろう。目を見開いた次の瞬間、両腕から血が噴き出す。


「ぎゃあああ!」


「鎖が切れないのなら、持っているほうを切るまでだ!」


 うん、さすが、レオス。こんな場合でも判断は冷静だ。ただ、かなり目は据わっているような気がするけれど。


 しかし、その間にも反対の右前からは二人の男が走ってきた。左側の男が持っているのは斧、右側の男が手にしているのは、棒の先端に、動くとげのある長細い塊をつけたものでフレイルと呼ばれているものだ。


 まずい、どちらもあたればただではすまない。


「――姫!」


 相手の持っている武器に気がついたレオスも、顔色を変えている。急いで駆け寄ろうとして、賊の一人が両端に石がついた紐を振り回しているのに気がついた。ボーラだ。あたれば、縄が巻き付いて、打撃を受ける。足ならば、簡単にこけるだろう。


「くっ――!」


 レオスが向きを急いで変えると、今まさにボーラを投げようとしていた男の肩を切りつける。


「ぎゃあ!」


「姫!」


 相手がボーラを取り落としたのを確かめて、急いで向きを変える。


 だけど、私ももうあまり余裕のある状態ではなかった。走って、左側に積まれていた丸太のところまで逃げる。賊たちに周りを囲まれないように両側に丸太があるところにいたので、賊たちは前からしか来られない。


 ぶんと賊の一人が斧を振り上げたところで、急いでかわした。さすが斧だ。私のうしろの丸太にぶつかると、そのままバキッバキッと木の幹にめりこんでいく。この威力ならば、剣でも叩き折るだろう。だが、あまりにも勢いをつけすぎたので、斧の全部が木の幹にめり込んでしまっている。


「くっ……!」


 刃が挟まり、抜きにくそうだ。その間に私はもうひとりのフレイルを持った男へと向き直った。


「うおおおおお!」


 棒の長さがある分、剣で戦うのには不利だ。だから、私は相手が近づくのと同時に、さっと体を横に一歩逸らした。次の瞬間、フレイルの先端が斧の男の頭にあたる。


「えっ!」


 味方にあたってしまうとは思わなかったのだろう。フレイルを持った者が驚いた前で、相当痛かった男がうずくまった。しかし、よほど腹が立ったのか、おろおろと近づいたフレイルの男へ、屈みながらも拳だけを条件反射のように返す。顎を下から殴られた反動で、フレイルの男の体が、わずかに宙に浮かんで後ろへと倒れた。その目は完全に白だ。


 その間に私は、その場所から離れた。


「レオス!」


「大丈夫か!?」


 見れば、レオスは剣を持った新たな三人と戦っている。


「ここはいい。今だ!」


「わかった、任せた!」


 本当は、レオスといえども、三人は大変だろう。息継ぐ間もなく来る攻撃を返している。


「お前たちの相手は、俺だ!」


 その言葉で、こちらを見た一人が傷を負わされた音がした。残りの二人も私を追いかけようとするが、レオスが回り込んで行く道を塞いでいる。


 その間に、私は赤髪の男の側へと駆け寄った。


「王の紋章を返せ!」


 もちろん、相手も剣を抜いている。ラペンス国の南のほうで使われているという大きな剣で、先端のほうが柄に近い部分よりも広く、かすかに弧を描いている。


 まずい! かなり、大きな剣だ。


 力任せに振り下ろされたあの剣を受け止めれば、私の細身の剣などすぐに刀身が折れてしまうだろう。


 どうする。


 一瞬唇を噛んだ。だが、同時に赤髪の男が左手に持っている王の紋章が目に入る。


 ――やるしかない!


 なんとしても、マリエルのために王の紋章を取り返さなければ。


 走りながら、ちらりと見た空は、太陽が西のほうに傾き始めている。


 おそらく、だいぶ夕方に近づいているのだろう。


 だから、私は心を決めた。


 足先に力を入れて、土を勢いよく蹴る。ドレスの裾が邪魔だが、ダンス用なのでまだ動きやすい。


「それは、王のものだ!」


 女王の――マリエルのためのものだ。だから、平坦な場所を越えて、山への坂になったところに立つ赤髪の男の前へと駆け寄った。


「渡すわけにはいかないと言っただろう! 諦めろ!」


 叫ぶと同時に、赤髪の男が弧を描いた大きな剣を振り下ろしてくる。もうじき私の肩へと落ちるだろう。肩から腕に怪我をさせて、動けなくなるのを狙っている動きに、咄嗟に左手で自分の腰に下げていたものを掴んだ。


 それを振り上げる。


 鋭い音がして、大きな刃と組み合わさったのは、私の剣の鞘だった。


「なっ、鞘!?」


「盾がなければ、持っているものを使うだけだ!」


 一か八かだったが、やはり王宮騎士団の精鋭の動きよりは遅い。咄嗟に見極めて鞘で受け止めた次の刹那、私は右手に持っていた剣を閃かせて、相手の左手を切った。


「うっ!」


 一瞬の叫びで、血の滲んだ手から王の紋章が離れる。


 ぽとりと地面に投げ出された紋章を、咄嗟に掴んだ。


 そして、きびすを返し、今来たところを逆向きに戻っていく。


「レオス!」


「ああ!」


 それだけで、成功したことが伝わったのだろう。レオスは戦っていた相手に一撃を与えると、そのままやってきた私と背を翻して、馬を止めたところまでひたすら走っていく。その間に、レオスが剣の横に下げていた小さな笛を鳴らした。


「待て!」


 怪我をしても、まだ戦える者たちも多い。武器が使えない者たちも、逃がすことはできないと思ったのだろう。


 声に後ろを振り返ると、必死の形相で何人もが追いかけてくる。


「しつこい!」


 諦める気はないのか!


「これぐらいで改心するのなら、とっくに悪党などやめているだろう」


 だから、と、馬のところまで一緒にたどり着いたレオスが振り返る。


「地獄までまっしぐらして反省してこい!」


 そう叫ぶと、上着のポケットから黒い筒を取り出し、中に入れていた炭火を地面に落とす。


 じじっと音がして、落ちていた木の皮に引火した。ボッと火がついた次の瞬間、ぼんと爆発が起こる。


「うわああああ!」


 山の中に絶叫が響き渡った。見れば、突如地面に開いた穴に、追いかけてきた賊たちが、見事に全員呑み込まれていくではないか。


「さすが騎士隊のみんなで徹夜して掘った落とし穴……」


 思わず感嘆の声が漏れる。


「広さは申し分なかったな」


「律儀に場所を指定してくれたおかげで、十分に用意ができた。戦術に長けた騎士が、場所がわかっていて、事前準備をせずに行くものか」


 そのとおりだ。おかげで、昨夜は、あらかじめ丸太の位置を敵に囲まれないように動かしておく時間ができた。掘った落とし穴の上に、丸太と土を敷いて、火薬と木の皮をまいておいたのもその時だ。絶対に素直に返しはしないだろうと思ったから作っておいたのが、役に立った。


「それにしても、レオス、火薬の量が……」


 どれだけの量を先に仕掛けていたのだろう。思わず引きつってしまう。


「ああ、君によからぬ思いを抱いたのならば、もっと撒いておけばよかった」


 容赦なく地獄まっしぐらか……。やはり、真面目な奴がキレると怖い。


 しかし、おかげで一瞬でけりがついた。


「行こう! 笛の合図で、山中に潜んでいる騎士たちも王の紋章を取り返せたとわかったはずだ!」


「ああ、こいつらは、彼らに任せておけば大丈夫だ!」


 ひょっとしたら、怪我で追いかけてこなくて、落ちなかった賊もいるかもしれない。だが、木こりに扮して近くに潜んでいた騎士たちが、この爆発の合図で、すぐに駆けつけてくるだろう。


 潜んでいたのは、紋章を取り返したあと賊を全員捕らえるためと、万が一私たちが取り返せずに、賊が逃げた場合に、すぐに捕らえられるように山中の要所要所で待ち伏せをしてもらっていたのだ。本当は、一気に包囲できればよかったのだが、ふだんよりあまり山中に人が多いと散らばってどこから来るのかわからない賊たちに気づかれて、姿を現す前に逃げられてしまう可能性がある。


 だから、私たちは、まず王の紋章を取り返すこと! それが達成できれば、すぐにここを離脱して、山を下ってきた騎士たちに賊を捕らえてもらう手はずとなっていたのだ。


 無事、奪還できた王の紋章を、私は手でぎゅっと握りしめた。


 マリエル、今届けるから!


 なくさないように、リールに括ってあった革袋に入れる。そして、私は頭にマントをまだかぶって急いで乗ると、王宮目指して駆け出した。


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コミカライズが6/27よりコミックシーモア様にて先行配信されます。
身代わり女王は男装騎士!?
画像をクリックで作品ページに行けます。
(画像は使用許可をいただいたものです)
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