(7)敵を目指して!
レオスが人払いをしてくれた城門を、私は、頭からマントをかぶった姿でこっそりとくぐり抜ける。そして、そのまま北東の山を目指した。
離宮の外は、いつもは穏やかな田園地帯だが、今日は人が多いような気がする。
普段ならば、春に収穫する小麦の成長具合を確かめたり、庭先で道具の修理をしたりしている人の姿を多く見るが、今日はそれがない。
代わりに道ですれ違う人たちは、少しおめかしをしているようだ。
「今日、新しい女王様が王宮へ向かわれるのでしょう?」
「絶世の美女で、すごぶるお強い姫だとか。そんな方が女王陛下になられるなんて嬉しいわ」
「一目だけでも、お姿を拝見したいわね」
なるほど。マリエルの祝いのパレードで、一目だけでも新女王陛下のお姿を見たいという人たちが詰めかけているのか。
そう思いながら、馬を進めていると、老若男女いろんな人が来ている。みんなマリエルが新女王になることを喜んでいる。
そう思うと、私も嬉しい。
――だけど、ところどころに出ている物売りはなんなのだ!? マリエル姫の版画、マリエルリンゴ飴……まあ、お祝いでわかりやすく命名なんだろうけれど。……しかし、マリエル串焼きってなんだ!? ウィリル長官、マリエルってつければいいものじゃないぞ!? 明らかに意味がおかしくなっているじゃないか。
「ここでも、ウィリル長官の姫馬鹿の影響が……」
思わず馬の上で頭を抱える。本当になんにでも、マリエルとつけさせるつもりではないだろうな。
「ああ、帰ったらマリエル女王と訂正するように進言をしておこう」
「レオス……そこじゃない」
一番のポイントがずれている。頭がくらりとしながら、レオスに目をやって、しまったと思った。
まずい、直視した。
「うん?」
きょとんとした顔をしているが、今日はふだんとレオスの衣装が違うせいか、その表情ですらも攻撃力が抜群だ。
やばい、綺麗すぎる。
これは、幼い頃から女だったら傾国の美女と言われ続けたのも納得する。騎士の姿だと凜々しさを強く感じたのに、貴族の子弟の衣装でそれが緩和されたからか、とにかくレオスがもつ生来の美貌のすさまじさが直撃だ。
いや、綺麗すぎるって! 初めて会った人が息ができなくなったり、動きが止まったりする理由がわかった。
「アンジィ、どうかしたか?」
「いや、べつに――」
そう尋ねるということは、たぶん今私の顔は赤くなっているんだよな? うん、その自覚はあるから、マントをさらに深くかぶって顔を隠したが、どう対応したらいいのかわからない。
「緊張しているのか? 君のことは俺が絶対に守るから――」
うん、口説き文句がきた! でも、絶対に口説いている自覚はない。これは、また心のままに話しているな。
必死で心臓をなだめようとする。
レオスの顔なんて、毎日見ているじゃないか。ただ、格好が違うだけで――
「だから安心してくれ。君の身を傷つける者は許さない」
だめだ。さらに言葉を続けられて、意識したせいで、これ以上になると、絶対に今私の心臓がバクバクしているのがばれてしまう。
思考を逸らすんだ。それしか、この目の前にいる生物兵器の破壊力から逃れる方法はない。
だから、私は、急いで話題を変えることにした。
「ありがとう。私も、もちろんレオスを守るよ。それで、現場について、再度確認をしておきたいのだけれど――」
必死で、心臓を鎮めながら、昨夜マリエルから聞いた話に意識をすり変える。
「たしか、北東の山には多くの道があると聞いたのだけれど……」
人通りの多い道を逸れて、山へと向かいながら、昨日マリエルが、私とレオスがいる前で、地図を広げて、説明してくれたことを思い出した。
『このあたりは、昔から王都で使うための木をよく切り出している山なの』
やはり、都から多くの旅人や木こりに紛れて、街道を移動できる場所を指定してきた。
賊が手紙でよこしたヴァリクヨンという場所について、マリエルが白い指で地図を辿りながら教えてくれる。
『山から木を切り出すから、地図には書かれていない無数の細かい道ができているわ。人や馬がやっと通れるぐらいの細さだけれど。切り倒した木をその道を使って、人力や橇で山から下ろしてきているの。それを売るための荷馬車に載せるための場所が、ヴァリクヨンの木材集積場よ』
地図には書かれていない無数の細い道がある――。おそらく、賊がここを選んだのは、都から隠れて行きやすいだけではなく、それもあるのだろう。
『それに地図にはのっていない昔の道が放置されて、あちこち山中に残っているらしいの。草だらけやところどころ木が生えているから、その古道は、もうその山に精通している人ぐらいしか知らないそうよ』
『では、どこから賊が集まってくるか、わからないということか』
たくさんの道があれば、賊が、どこの道を通って山に入り、集積場にやってくるのかがわからない。さらに、もしいろいろな道を使って、バラバラに集まってくるのだったら、誰が王の紋章を持っているのか掴めなくて、こちらとしても気づかれて逃げられないため、迂闊に手を出すことができないだろう。
そう私も机の地図を見ながら、呟いたのを思い出す。
「賊が多くの道にバラバラに散らばって待っているのだったら、昨日の予想どおり、私たちが、手紙の人数で来ているのかどうかを確かめてから姿を現すと思うけれど……。山道のここでも、もう私たちの姿は監視されているのかな?」
木々が生えている山道に入って、登りながらレオスに話しかけた。
「マリエル姫の話では、ヴァリクヨンの木材集積場は、山の中ではかなり開けた場所らしい。そのため、高いところにいる賊からも確かめられるだろうという話だった。だが、そこにいたるこの山道も、大量の木材を運び出すために、かなり広く造られているから、木の枝に阻まれなければ、おそらく上から切れ切れに見えているだろう」
「なるほど――」
つまり、相手は、すでに私たちの動きを捉えている可能性が高いということだ。
「では、私たちはもう敵に姿を捉えられていると思って、間違いないな」
「ああ、きっとやつらも、もうじきやってくる」
言葉を交わしている間にも、木をかんかんと叩くような音がする。
その音に、ゆっくりと緊張感が満ちてきた。
「どうやら、レオスの予想通りみたいだ」
「ああ――高い木の上かどこかから見ていたのだろう」
私たちが騎士を連れていないこと――。マントで隠しているとはいえ、ひどく身なりのよさそうな二人組が指定された場所へと向かっているということ。きっとそれらを知らせる合図だったのだろう。
集積場は、山の三合目ぐらいなので、それほど遠くはない。まだ若い木々が生い茂る山の中を歩き、やがていくつもの丸太が、道の横に転がっている場所へと出た。見たところ、運び出す予定の丸太が、道の左右に積み上げられて、馬車が来るのを待っているような感じだ。
そこの先に、広い円形の場所が見える。何本かの特に太い丸太が、いくつかに分けられて積み上げられている。そこが、指定された木材集積場だ。
「さて、約束どおり来てくれるかな?」
ここで相手が警戒して姿を現さなければ、完全に失敗だ。
だから、相手をおびき寄せるために、私は円形の場所へ入る少し手前で、馬を下りた。そして、それと同時に隠していた金髪を、はらりとマントから外へと一房出す。長いし光を弾いているから、相手がこちらに注意していれば、気がつくだろう。そして、円形の場所へ入り、右と左、両方に丸太の山があるところまで進み出た。ここならば、左右からは攻められないだろう。
そして、レオスと一緒に立っていると、まもなくもう一度木がかんかんと鳴らされた。
「どうやら、約束を違えずに来てくれるらしいな」
「君に手を出したら、約束どおり地獄までまっしぐらにしてやる」
相棒の笑う姿に今はときめきよりも頼もしさを感じながら、私は全身に満ちてくる緊張に戦闘の始まりを予感していた。




