(6)作戦の打ち合わせ!
翌日――。朝から、私たちは、バタバタとしていた。
昨日、あれから私は徹夜になった。
マリエルの書いた手紙が王宮に届けられ、またその返事が来るまでの間、練った作戦をもとに、ウィリルがディアン大隊長に相談をした。その一方で、私たちは近くに住む木こりを訪ねたり、戻って報告をしてからは、ディアン大隊長の指示で、騎士隊の一部と行動をともにしたりしていた。
騎士隊とは深夜を狙って行動したとはいえ、さすがに、暗くて動きにくかったので、急いでも明け方近くまでかかってしまったのは仕方がない。
そして、今日――。
さらりと私は、美しい藤色のドレスを翻した。
夜の行動で、泥だらけになっていた私の体は、朝から強制的に入浴をさせられて、ぼさぼさになっていた髪と肌には、今はたっぷりと香油が塗られている。
「よし!」
藤色のドレスを纏い鏡に映った姿は、誰が見てもマリエルだろう。女王様らしい衣装と化粧に、腰に両手をあてて自分に活を入れていると、隣の部屋の扉が開いた。
寝室で着替えていたマリエルだ。
今日は、誰にも見られないように、こちらの部屋で二人とも着替えをしていた。
見れば、マリエルは、今日のために誂えた薄桃色のドレスを纏っている。
胸から胴体部分にかけて施された銀糸の刺繍が光を弾き、柔らかに広がるスカート部分は、たっぷりとひだがとられて、華やかな光沢で輝いている。
「マリエル……すごい、綺麗だ」
本当に、女王様の姿だ。なんて似合っているのだろう。だから、目を奪われながら呟けば、マリエルがにっこりと笑った。
「ありがとう、アンジィもすごくステキよ」
最後の仕上げを終えたチェルアとミーティが、後ろで陶酔したように見つめている。
「まことに……。姫様の美しさは、まるで花のよう。春の咲き誇る花の女王と申してもはばかりはありませんわ」
「そして、それにそっくりなアンジィ様は、とても清雅で、まさに五月を司る藤の花の精霊のよう。あああ、このように美しい一対を見ることができるなんて……! 私、姫様の即位には花の女王と藤の精霊という絵を発表したいと思いますわ」
「きっと国民にも花の女王陛下と呼ばれますわ」
まずい。マリエル教の布教方針を練っている。
「はいはい、お前たち。花の女王陛下という名前は素晴らしいですが、それではほかの木々や自然には、マリエル姫をたとえられないことになります。この世界の森羅万象を治める女王陛下と世間には広めましょうね」
出たな、元凶。
パンパンと手を叩いている。
どうする。この宣伝は、教会に喧嘩を売ることになりそうだ。冷や汗が出ながら心配していると、マリエルが控えめにウィリルを見上げた。
「あの、ウィリル……。それは、私には言い過ぎだと思うの」
さすがに、聞いたマリエルが口を挟んでいる。
「それに私は、森羅万象よりも、常に民のための女王でいたいわ……」
「わかりました」
その瞬間、ウィリルがマリエルににこっと笑った。
「では、天下最高峰の女王様といたしましょう!」
うわあ。方向は変わったけれど、やはり姫馬鹿は止まらない。
「待って、新米の私にそれはおかしいわ!」
その前に、どこかの山ではないと突っ込むべきではないのかな。このままだと、誰かが登山に来そうだけれど。
そう思っている前で、ウィリルはふむと考え込んでいる。
「姫様がそうおっしゃるのならば……天下最高峰の女王様という呼称は、いずれということで――今はそこを目指して、徐々に姫の偉大さを広める方向に変更いたしましょう」
マリエルのおかげで、なんとかウィリルの暴走が止まった。
とはいえ、どうやら、マリエル教を広める気に変化はないようだ。
ははは、このままだと国内最高峰とか大陸最高峰とか、やはり山だと思われそうだ。そう引きつった時、部屋の扉が叩かれた。
「失礼してもよろしいでしょうか。そろそろお時間かと思って参ったのですが……」
「はい、マリエル姫たちのご準備は整いました」
そのウィリルの返事で、ミーティが扉を開けると、そこに立っていたのは、姿を整えたレオスだ。ただいつもの騎士服ではない。貴族の子息としての、上着とズボン、それに剣を腰に下げ、マントを手に持っている。
うわあ。初めて見たその姿に、私は思わず見惚れてしまった。
レオスって、やはり貴族だったんだなあ。
そりゃあそうだ。大隊長が伯爵家の分家の生まれだと言っていた。ただ、今まで騎士服を着ていたから、意識することがたまにしかなかっただけで――。
レースのついたシャツに刺繍の施された長めの上着を纏っていると、ふだんとはまったく雰囲気の違うレオスに見とれてしまう。
美しくて、高貴――まさに、そんな感じだ。
「……どうした?」
私があまりじっと見つめているのが不思議だったのだろう。尋ねてきた声に、私は思わずハッとなってしまった。
「あ、ごめん。よく似合っているから……」
顔のことを言われるのが嫌いなレオスに、綺麗というのは禁句だよな。そう思って、言葉を言い換えた。
すると、フッと笑う。
「よく似合っているのは君だ。そんな姿をしていたら、ほかの男に目をつけられないかとドキドキとしてしまう」
「え……」
いや、私とレオスが並んでいたら、心配するべきなのはレオスだと思うのだけれど!
なぜか、私を見つめるレオスの言葉に、マリエルが、側で警戒するように頬を膨らませている。
見つめてくるレオスの甘い視線を崩すように、側でウィリルがパンパンと再度手を鳴らした。
「はい、では全員揃いましたので、今から賊を『地獄までまっしぐら作戦』を開始したいと思います!」
とんでもない作戦名が来た!
「待ってください、賊たちのあの世の行き先まで決まっていそうな名前なんですが!?」
「もちろん、姫が天下最高峰の女王陛下へと歩み出す輝かしい日を妨害したのです。今世のみならず、あの世でまでも神にすがりつきたくなるように務めるのが、民のためでしょう」
「さては、一生反省させるつもりですね!?」
捕まる前から人生懺悔コース確定だ。裁く法律長官のまっとうさと慈悲に期待したい。
「当然です。では、今日の作戦を確認します」
そういうと、ウィリルは指を一本立てた。
「アンジィにはこのあと、姫の代わりとしてヴァリクヨンの木材集積場に行ってもらいます。その間に、姫様はご予定どおり、騎士隊の一行とのパレードで、王宮へ向かっていただくことになります」
その言葉に、マリエルと一緒に頷く。
「王の紋章を取り返すことができたら、アンジィは即座にマリエル姫にお届けすること。パーティーの始まる六時までには王宮に戻れるようにお願いいたします」
責任重大だ。私の結果で、マリエルの初公式行事の成否が決まる。
「承知しました」
胸に手をあてて、任務を拝命する。
「レオスには、そのアンジィを守る役目をお願いいたします。来た手紙に、ともにいけるのは従者一人のみと指定されていましたので、姫のお側付きらしく、貴族の衣装にしていただきました。とはいえ、あなたの腕ならば、服装ぐらいで心配することはないでしょう」
「お任せください。もし賊がアンジィを傷つけようとすれば、容赦なく地獄の業火で叩き落としてやりますので」
お前まで、ウィリルの言葉に感化されるな!
叫んで突っ込んでやりたいのに、すごく真面目な顔をしている。
「実に頼もしい。あ、そうそう。それから、今日一緒に行動する騎士たちには、姫の代わりに行くのは、マリエル姫の侍女の一人と話してあります。ですから、正体がばれる心配はありませんので、安心して行ってください」
「ありがとうございます」
その言葉に礼をしてから、あれっと気がついた。
「よく考えたら……もうすぐ女性に戻るんですから、騎士隊のみんなには、もう女性と打ち明けてもいいのでは……」
たしかにマリエルが即位してから、女性に戻る約束だが、この状況ならば、今話したほうがいいような気がする。
だから、そう呟くと、ウィリルが目以外でにっこりと笑った。
「アンジィ――今日は、なんの日でしょう?」
「え、マリエルが王宮に入る日ですけれど……」
「そう! つまり姫が女王としての道を歩み出す輝かしい日です。この日の話題の主役は姫! わかりますね?」
「つまり、今日は黙っていろということですね」
本当に、行動の基準がマリエルだ。今日は噂のひとかけらまで、マリエルで染めたいらしい。
わかりやすいウィリルの返事に引きつったが、まあいいか。
今、打ち明けても、裸を見ない限り、すぐに信じてもらえるか自信がないし……。いや、半裸を見ても顔では動じなかったやつがいるから、しても私の精神的ダメージのほうが大きいかもしれない。
だけど、ほかの男にそんなのを見られようものなら、足だけで怒ったレオスが、また怒りそうだよなあ……。
まさか、決闘を申し込んだりはしないだろうけど……。いや、やるか? やりかねないな。
ちらりとレオスを見て、私はなんとなくその予感があたりそうな気がした。
折角のマリエルの祝い事の日に、騎士同士の流血事件を起こしたくはない。
うん、今日は話さないでおこう。
そう心に誓うと、側で警戒するようにレオスを見つめているマリエルへ視線をやった。
「私が取り戻すまでにパレードが始まるけれど……。その間は、マリエルは王の紋章はどうするの?」
きっとみんなそれに注目しているだろう。だから、尋ねると、マリエルはああと気がついたように、私へ柔らかく笑う。
「お手紙を書いたら、王妃様がほかの首飾りを用意してくださったの。なんでも、過去に愛人の子が政略結婚で嫁ぐために、正式に王家へ迎えられた時に、国王陛下から贈られた品らしいわ」
なるほど。それならば、正式に王家に迎える証として贈られたという言い訳ができる。それを身につけての王宮入りならば、とりあえず形を取り繕えるだろう。
「わかった。では諸侯への披露目のパーティーまでには、必ず取り返してくるから」
「ええ。でも、くれぐれも怪我をしないように気をつけてね」
「ご安心ください、必ずお守りしますので――」
そう挨拶をするレオスを、マリエルがまっすぐに見つめる。
「ええ、お願いしますね」
その言葉で、私たちは一礼をすると、いよいよ賊たちと対峙するために、マリエルの部屋を退出した。




