(5)やられたままではいられない!
渡されたのは、白いが、少しだけ色がくすんだ紙だ。
おそらく、古紙を再利用して作られた安い紙なのだろう。
それを目の前に持ち上げると、紙に書かれた少ない文字に穴が開きそうなほど見つめる。
「宝物を返してほしければ、明日の昼二時に、北東の山中にあるヴァリクヨンの木材集積場に、姫と従者一人だけで来い。金貨千枚と引き換えだ」
「これは……」
マリエルと、おつきの従者一人だけで来るように指定をした!? しかも、二時って……!
「この時間は、マリエルが王宮へ出発する時間のはず!」
北東の山中に入っていれば、絶対にその時間に出発することなどできない。
だから、手紙から顔を上げて叫んだ。その前で、マリエルは、座ったままぎゅっとドレスを握りしめている。
「そうです。これで相手の目的が、完全にはっきりとしました。姫の王宮入りの妨害――姫様の即位反対派の行動として間違いないでしょう」
「では、やはりベルスート伯爵が!」
「おそらく、彼が黒幕です。ディアン大隊長とも、そう先ほど話しました。姫が行けば、こう書いてあっても、私が騎士団を大人数揃えずにはいられないと知っているからでしょう。姫本人と騎士たちのいない行事などできるはずがないので、当然それを狙っているのです」
たしかに、ウィリルの姫かわいがりはベルスート伯爵に熟知されていた。とはいえ、とウィリルは続ける。
「ベルスート伯爵を、捕らえようにも今の状態では、証拠がありません。いっそ彼を殺してなんとかなるのなら、簡単なのですが……」
物騒なことをさらりと言う。だが、今の状態はまさにそのとおりだ。だから、私はさきほど気がついたことを思い出して、急いで口を開いた。
「それについてなのですが」
一度側にいるレオスの顔を見て、視線で話すことを伝える。
「先ほどまで外で捜索をしておりまして、気がついたことがあります。あまりにも犯人の姿を見た者がおりません!」
「それは、ディアン大隊長によると、ほかの騎士たちの報告からでもそうらしいですが……。それが、なにかあるのですか?」
ウィリルが、ひどく怪訝げに私を見つめている。椅子に座ったマリエルも、その言葉に不思議そうに私を見上げた。
「夜通し捜索に参加して、聞き込みをしましたが、普通ならばあれだけの人数が移動したり、集まったりしていれば、なんらかの痕跡があるはずです。それがないということは、姿を変え、みんな商人や木こりに紛れて、都に入ったのではないでしょうか」
私の言葉に、ウィリルの片眉が上がる。それにレオスが横から続けた。
「ベルスート伯爵が黒幕ならば、都に隠れるのは難しくはないはずです。それに、元々都で集められた者たちの可能性もあるので、それならば、なおさら都に隠れるのは容易だと思います」
その言葉に、ウィリルが考え込むように、顎に手をあてた。
「それは、ありえます。ディアン大隊長の話によると、騎士たちに指示されているのは、集団で襲ってきた賊たちの捜索です。単独で歩いている商人や木こりの姿に変装して、王都に入れる身分証も持っていれば、騎士たちも見逃したかもしれません」
ベルスート伯爵ならば、王都に入れるだけの身分証明書も用意できるだろう。
もし騎士たちが、怪しんだり、念のためにと道にいる一人一人に声をかけたりしていても、それを見せられれば、身元の証明で賊ではなかったと思われたのに違いない。王都イルドに逃げ込めば、外で固まって潜んだり、バラバラで逃げ続けたりするよりも、見つかる可能性はずっと少ない。
「どうにか、王都の中を捜索することはできないでしょうか!?」
時間があまりにもない。明日は、マリエルが王宮に入る日なのだ。
だから、必死でウィリル長官に頼むと、俯いたままひどく思案げに考え込んでいる。
「できたら、しらみつぶしに捜索したいところですが……。ただ都内は王宮騎士団とは違い、王都守備騎士団の管轄になるのが問題です」
「あ……」
その言葉で、騎士団の所属管轄を思い出した。
「王都守備騎士団は、王都長官の管轄範囲です。捜索を要請したら、こちらの動きがすべて知られるかもしれません」
「そんな……!」
「知られる程度ならともかく、おそらく捜索の妨害をしてくるでしょう。素直に捜索しないか、わざと違う場所にばかり騎士を配置するおそれがあります」
「それでは、間に合いません!」
なんとしても、マリエルが王宮に入るまでに、王の紋章を取り返さなければ!
それなのに、王都の捜索は妨害されるかもしれない!
新女王とはいえ、まだマリエルは即位していない。
どうしたら、マリエルに王の紋章を取り返すことができるのか!?
紙を持った手に、じっとりと汗が滲むのを感じながら、私は先ほど受け取った脅迫状を見つめた。
そこに書かれている文字を、再度目で追う。
ここを指定したということは、やはり私とレオスの予想は当たっていたのだろう。しばらく見つめ、口を開いた。
「マリエルが、ここから騎士隊をつれて王宮に出発するのが、二時。では、諸侯を集めてのパーティーが開かれるのはいつ頃ですか……?」
「夜会を兼ねていますので、夕方六時頃からです。王宮に着き、お越しになっているギルドリッシュ陛下や王妃様に、ご挨拶をなさってからの予定になっております」
六時――。頭の中で、急いで手紙の地名との距離を計算する。そして、私は決意を固めた。
「よし!」
そう握り拳を作ると、青い顔でこちらの話を聞いていたマリエルに近づき、身を屈める。
「私が、マリエルの格好をして、賊に会い、王の紋章を取り返してくる!」
「アンジィ!?」
びっくりしたように、手を取ったマリエルが目を見開いている。
「だめよ! 相手は、人数が多いし、それに私の即位の妨害をしたいのなら、無事交換してくれる可能性は低いわ!」
もちろん、命を狙うつもりかもしれない。
だからこそと、口を開く。
「それだったら、なおさら私が行ったほうがいい。マリエルは、時間どおりに出発して。私が王の紋章を取り返し、必ずパーティまでに、届けてみせるから!」
「アンジィ……!」
「安心して。絶対に、無事マリエルを女王様にしてみせる」
真摯な瞳でまっすぐに見つめて言えば、一瞬マリエルの瞳が潤むように輝いた。
「ありがとう、アンジィ」
そして、私の手をぎゅっと握り返す。微笑んだ顔の目は、まだ潤んでいる。それでも、次の瞬間には、力強く立ち上がった。
「わかったわ。それならば、私も一緒に彼らと戦うわ」
そう話すと、決意したように視線を巡らせる。私と、ウィリル長官、そして最後に私の後ろに立つレオスを眺め、宣言するように口を開いた。
「このたびの行事のために、王宮に来られてるギルドリッシュ陛下と、王妃様にお手紙を書きます」
そして、と決意を告げるように、胸の前に、手を持ち上げる。
「王の紋章が盗まれたことと、今の状態をご相談しようと思います」
「マリエル姫様!?」
ウィリル長官が驚いたように目を見開いている。
「お言葉ですが、ベルスート伯爵は、姫様の敵だった第三王女様を支持していた者たちですよ」
第三王女様を女王にしたがっていた王妃が、今回の件で信頼できるのかどうかわからないと言外に匂わせている。
その意味を察しながら、マリエルは緩く首を横に振った。
「私が女王になるということは、これまでふたつの派閥に分かれていた貴族たちを纏めて、レードリッシュを導いていかなければならないということ――。それならば、私の即位を認めてくださった王妃様を、私もこれからは信頼していきたいと思うのです」
疑心を引きずっていては、新しい国を造ることができない。
信じる――敵だった相手に、そう言えるしなやかさが、マリエルの強さだと改めて思う。
だから、私は頷いた。
「マリエルがそう決めたのなら、私はそれに協力する!」
だって、女王が国を導くために尽くすのが、騎士の役割だ。
「ありがとう、アンジィ」
そう嬉しそうにマリエルが微笑む。
「アンジィの身は、もちろん俺が守ります」
そのレオスの言葉に、マリエルが強く頷いている。
「では、みんなで作戦を練りましょう」
「姫様が、そう言われるのならば……」
ウィリルの声は、まだかなり不安そうだ。それでも、渋々頷いたことで、私たちは一緒に王の紋章奪還作戦を練り始めた。




