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(4)隠れているのはどこ?

 馬を預けていた男のもとに向かうと、私たちは後払い分の半額を支払って、急いで馬に乗った。


 夕方で、昼間よりは人が少なくなっているので、行きよりも早く馬を走らせることができる。空がゆっくりと青から紺へと変わっていく下で、私は都の門を駆け抜けると、田園地帯を走って、急いで離宮へと戻った。


 慣れた道だから、薄暗くてもなんとか走れる。だが、昼間よりは少し時間がかかり、離宮に着いた時には、もう夜になってしまっていた。


 リールを厩舎に戻すと、そのままレオスと一緒に、急いで騎士棟へ駆け込む。


「ディアン大隊長!」


 まだ現場にいるかもしれないと思いながら中に入ると、幸いディアン大隊長は騎士棟に戻ってきていた。


「おう、ご苦労さん。なにかわかったか?」


 いつもと同じ調子で私たちに声をかけてくれるが、表情はあまり明るくはない。それに、捜査の進展を感じながら歩き寄ると、騎士の礼とともに報告をした。


「王都長官のベルスート伯爵は、仕事で頻繁に市中を見回り、最近は裏通りや酒場などにもよく顔を出しているそうです。そこで、ゼロオクという男と接触し、彼が今朝大金を手に入れてザランドに向かったことがわかりました」


「ゼロオク……すごい名前だな」


 どうやら、ディアン大隊長の感想も私と一緒だ。呟いた前で、レオスが一歩進み出た。


「もしベルスート伯爵が今回の黒幕だったとしたら、そのならず者たちと接点のあるゼロオクが、仲介役をしたと思われます。彼の行方を追うために、人相と今朝の服装について聞き取りをしてきました」


 話すと、人相などを記した手帳の紙を破ってディアン大隊長に渡している。


 受け取った紙に目を通し、ディアン大隊長が頷いた。


「よくやってくれた。これだけわかっていれば、騎士たちに、すぐに各関所へ知らせてもらうことができる」


 その言葉に、やったとレオスと互いに視線を合わせる。


「ザランドに向かったのなら、うちの管轄ではないな。ウィリルに相談して、捜索の手はずを調えよう。おまえたちは、食事を取ったら、悪いが、今賊の捜索をしている騎士たちにところへ兵糧を届けて、しばらく交代をしてくれないか。奴らもまだ夕飯を食べてはいなくてな」


「わかりました。では、用意ができ次第、すぐに向かいます!」


「ああ、助かる。でも、お前たちもしっかりと休憩はとれよ?」


「はいっ!」


 その言葉に、私は部屋を出て、急いで食堂に駆け込むと、料理番がもう帰っていたので、レオス分のスープもよそった。


「いただきます!」


 皿をテーブルに並べて、椅子に着席すると、レオスを促してから急いで食べる。


 正直に言えば、今はゆっくり食べているような気分ではない。だが、騎士は食べられる時に食べねばならない。これは、いつ戦闘になるか、またなったらいつ終わるかわからない砦で育った教訓だ。


 まさか私が、この状況でおとなしく食べるとは思わなかったのだろう。


 一瞬、レオスが驚いた顔をしていたが、すぐに並んで座ると、同じようにスープを食べだした。


「交代を頼まれたということは、まだ賊は見つかってはいないんだな」


「そうだな。夜になると、なおさら厄介だ」


 座って、同じように急いで食べているはずなのに、レオスの所作はそれを感じさせない。スープを食べるのでも、きちんとテーブルマナー沿った動きで、小さい頃からそれを叩き込まれてきたのがわかる。


 本当に貴族の生まれなんだな。


 わかっていたはずなのに、些細なところで、それを改めて感じてしまう。すると横で、レオスがくすっと笑った。


「でも、よかった」


 うん、よかった。食堂に誰もいなくて。


 いや、違う。


「うん、なにが?」


 思わず頷きかけたが、そのことではないはずなので、不思議に思い、顔を横に向ける。すると、レオスが、とても綺麗に笑っているではないか。


「君が、非常時でもきちんと食べられるのが」


 え、こんな顔をしながら、私のことを考えていたの!?


「こんな時、実戦経験では、まだまだ君に及ばないと感じるよ」


 慣れているはずなのに、見惚れそうになって、思わず目を瞬いた。


 そういえば、レオスは食堂に入るのに、戸惑った顔をしていたな。きっと、仲間の騎士たちが、まだ食事をとっていないと聞いたのが、気になったのだろう。


「君を惚れさせてみせると言ったのに、こんな時は俺のほうが惚れ直してしまう」


 うっと、顔が火照ってきた。絶対に、また思ったままのことを口にしているな! どう聞いても口説いているのに、本人に自覚はない。こんなの俯いて顔を隠す以外にどんな対処法があるというんだ!?


 どう返したらいいのか困ってしまって、顔を逸らして、照れているのをごまかした。


「体が資本だからな。お前も食べておかないと、このあとの捜索でばてるぞ?」


「そうだな。気は逸るが、君を見習って、きちんと食べるよ」


 そう笑うと、隣で、また綺麗にマナーを押さえた動作で食べている。今、微笑んだのは、私だけに向けた笑顔だよな?


 まずいって! もう綺麗すぎるし、なんだかかわいいし、どんな顔をして側にいたらいいのかわからない。


 そんな笑顔を、ほかに見せたら、明日から大量の令嬢につきまとわれるぞ? いや、女とは限らなかった。頼むから、騎士隊以外では、周囲に気をつけて微笑んでくれ!


 騎士隊のみんなには、すでにレオスの顔に免疫ができているのが、とても助かる。すでに見慣れているはずの私にでさえ、たまにこの攻撃力だ。


 だから、どこかぎこちない仕草で先にスープを食べ終わると、また赤くなっているだろう顔を隠しながら、水を補給するレオスと分かれて、兵糧の保管庫へと向かった。


 決められた手順に従って、いくつかの食料を申請する。乾パンや干し肉、チーズ。申請書に書いた分を数えながら係の騎士が出してくれる。


 長期の戦とかではないから、二小隊分といってもたいした量ではない。机に置かれたそれを受け取る間に、水を調達したレオスがやってきた。


「これを馬に積めばいいんだな」


「ああ」


 それでも、一人で運ぶのには多い量だ。二人の馬の左右にそれを括り付け、さらにもう一人の騎士が協力してくれて、捜索している場所へと運ぶ。


 離宮を出て見回せば、広がる田園地帯は、黒に近い闇だ。


 けれど、空にはたくさんの星が輝き、澄んだ冬の空気に凍てつくような光を放っている。ただ、道をはっきりと照らすほど明るいものではない。


 それだけに、騎士たちも拠点を決めて捜索しているのだろう。遠目からもわかるかがり火が焚かれているところへ着くと、気づいた騎士が嬉しそうに顔をほころばせた。


「夕飯を持ってきたぞ!」


「アンジィ、レオス!」


「助かった、腹がすいていたんだ!」


「食べる間、捜索を代わるよ。二人入れば、交代で食事がとれるだろう?」


「ありがとう!」


 そう叫ぶと、持ってきた革袋を下ろすのを手伝ってくれる。もう一人一緒に運んでくれていた騎士が、下ろした荷物の中身を手際よく分け始めてくれた。


「それで、捜索のほうはどうなんだ?」


 分けてくれた食料を渡しながら尋ねる。


「それが、さっぱり。あれだけの人数の居場所が掴めないなんて、おかしいんだけどなあ」


 呟きながら、自分の干し肉をもらっている。それを持ちながら、こんもりと闇が固まったように、暗くなっている北のほうを指した。


「とりあえず、アンジィとレオスは北側の森付近を捜索している騎士に声をかけて、交代で食事をとりにくるように伝えてもらえるか? 森の側だから、夜に食べ物を持って行くと匂いで獣が寄ってくるしな」


「東と西は、もう捜索したのか?」


 頷きながらのレオスの言葉に、騎士はもちろんと頷いている。


「でも、全然手がかりがないんだよ。人通りが少ない時間でもなかったのに、変だよなあ」


 たしかに変だ。


 いくら賊がこのへんの地理を調べていたとしても、姿が消えたように見つからないなんて、さすがにおかしい。


 レオスもそれは感じたみたいだ。


 森の側に行き、付近の人家に聞き込みをしたり、空き家や洞窟を捜したりしていた騎士たち数人と代わると、その場所の捜索を開始する。


 訪ねた家々では、何事かあったのかと驚いた顔だ。


「このあたりの見回りをしておりまして……。怪しい者を見かけたり、普段ここらで見かけない者たちが、たくさんいたりした話を聞かれはしませんでしたか?」


「お勤めお疲れ様です。ありませんでしたが、なにかあったのですか?」


「いえ。まもなく大きな行事がありますので、治安保持のための見回りです」


 さすがに、王の紋章が盗まれたなんて、迂闊に話すわけにはいかない。下手をしたら、行事の中止になるし、それはそのままマリエルが女王に即位にするのに、傷がついた形になってしまうだろう。


 それがわかっているからこそ、返事をごまかすと、後ろでレオスが静かにお礼を言った。


「ご協力感謝いたします」


 そして、顔を上げて、少し微笑めば、それだけで真っ赤になった相手は、これ以上は詮索をしてこない。便利な顔だな。今度から思考停止装置と呼んでやろうか。


 でも、このタイミングで笑ったのは、絶対に自分と向かい合った相手が、なぜか話しにくそうになると言っていたのを思い出してやっているな。おそらくレオス本人は、そう言えば、続けては訊きにくいというぐらいの気持ちなのだろうが……。


 それでも、会う人ほとんどに、知らないと返されたのには、レオスもさすがに変だと思ったらしい。


「これは、おかしい」


「ああ、普通ならば、見かけたとか聞いたとかいう人が少しはいるものなんだけど」


 東と西はすでに捜し、北側もかなり広範囲に捜索をしたのに、まったく足取りがつかめない。痕跡すらなく、まるで王の紋章を奪ったあと、霞にでもなって消えてしまったかのようだ。


「まさか、川を泳いで下ったのかな……」


「夏ならばともかく、冬の寒さでは、無事ですまないだろう。それに、川にしても、それだけの大人数が誰にも見られていないのはありえない」


「そうだよなあ。普通はどこかに手がかりがあるはずだよな」


 レオスの冷静な分析に、やはり泳いではありえないかと思ってしまう。


「だけど、それ以外でいうと……」


 遠くのほうで、東の空が白み始めた。


 深夜からは、洞窟や空き家、物置の探索を中心にしていたから、いつの間にかこんなに時間がたっているのに気がつかなかった。


 白い光が、世界に差し込んでくる。


「南側の捜索で見つかっていればいいが……。なにも連絡がないところから考えると、まだなのだろう」


「でも、知らせが来てすぐに捜し始めているのに――。一体どこに身を潜めているんだ!?」


 時間がどんどん差し迫ってくる。


 太陽の光が、白から金色へと変わってくるのにつれて、焦る気持ちが増してくる。


 このままでは、マリエルの初の公式行事が台無しになる!


 だから、苛立つように呟くと、しばらく顎に手をあてて考え込んでいたレオスが顔を上げた。


「もしかして……だけど。そもそも身を潜めていないのかもしれない」


「え!?」


 聞いた内容がわからなくて、思わず隣に首を向ける。すると、レオスは私の前で、静かに遠くの街道を指したではないか。


「あの道は、北東の山から下りて、都へと通じる街道だ」


「ああ、そうだな」


 北東には、いくつかの街があるから、昼間は通る旅人もかなり多い。


「そして、北東の山は、都で使う木材を切り出す者たちの仕事場だ」


「うん」


 あれ、なにか引っかかったような気がする。


「橋で襲撃したあと、一旦北東の山側に逃げ、それぞれ用意していた衣装を裏返して、木こりや商人の姿になる。そして、ばらばらに街道に散らばって、王都に向かえば、怪しまれないかもしれない」


「では……! まさか、王都に逃げ込んだ!?」


「確証はないが、可能性はあるだろう」


「で、でも王都に逃げ込むなんて……! ふつうは、入るのに通行許可証か身分証明書とかが」


 偽りの姿では入ることができない――そう言いかけて、王都の城門を管理しているのは、長官のベルスート伯爵なことに気がついた。


「事前に、偽りの身分証明書を作って渡してあれば、入ることができる。もしくは、王都で集められたのなら、本物の身分証で入ったのかもしれない。どちらにしても、中に入れば、長官のベルスート伯爵だったら、いくらでも隠れ家が用意できる」


 まさか――と思ったが、もうそれしか考えられない。


「だとしたら、私たちは、まったく検討違いの方向を捜していることになる!」


 乗っているリールの手綱を、強く握りしめる。そして長い髪を振り乱しながら、レオスを見た。


「もし、そうならば、昨日のグーイに頼んで、居場所を捜してもらうことは可能か!?」


「捜してはくれるだろうが、グーイの手が及ぶのは、裏社会が中心だ。もし、貴族の邸宅や使われていない劇場や会館に、誰とも接触しないように隠されていたら、仲介の男が誰を集めたのかもわからない今の状態では、見つけるのにも時間がかかる!」


「では、やはりゼロオクを見つけるしかないのか!?」


 肝心のゼロオクは、昨日の朝、隣国に向かって逃走したと聞いている。夕方に手配がされたが、追いつき、連れ帰るのにどれだけの時間がかかるか――。


「とりあえず、ディアン大隊長にそれを知らせよう!」


「ああ、もしその可能性があるのなら一刻も早いほうがいい!」


 だから、私たちは馬を走らせて、森から騎士たちの連絡場所に戻った。


 ディアン大隊長に知らせたいことがあるからと伝えて戻ったので、離宮に到着した時には、もう完全に日は空へと昇っていた。


 明るい日差しの中で、騎士棟に急いで入ると、ディアン大隊長は、ウィリルに呼ばれて行ったという。だから、すぐに走り、ウィリルが呼んだというマリエルの部屋へ向かった。


「マリエル――姫様、ディアン大隊長がこちらにおられると伺ったのですが!」


 焦って声をあげると、中では、ひどく重たい空気が漂っている。


 見回したが、中にはディアン大隊長はいない。


「ディアン大隊長ならば、今追跡のために出て行ったところです。なにかあったのですか?」


 どうやら入れ違いになったらしい。


「はい、ちょっと気がついたことがあって、報告をと思ったのですが……」


 ふと中で椅子に座っているマリエルの顔色が、昨日部屋を出た時よりも悪いのに気がついた。


「どうしたの?」


 まさか、またなにかあったのだろうか。なんとなく、嫌な予感がして近づくと、マリエルは、私に一枚の紙を差し出す。


「つい今し方、城門にいた騎士に、これが届けられたの……」


「盗んだ者たちからの手紙です」


 ウィリルの言葉に、「えっ」と慌てて紙を覗き込む。


「出入りの商人が、人から頼まれたと言って騎士に渡したそうです」


 受け取って、広げた紙に書かれていた文章を急いで目で追い、私は動きを止めた。


 ――これは、脅迫状!?


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コミカライズが6/27よりコミックシーモア様にて先行配信されます。
身代わり女王は男装騎士!?
画像をクリックで作品ページに行けます。
(画像は使用許可をいただいたものです)
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