(2)事件には因縁がつきもの?
盗まれた!?
王の紋章が!?
知らせを持ってきた男の言葉に、私は思わず目を見開いた。
誰がと焦る前で、ウィリルが扉に近づくと、やはり驚きを隠せない顔で男に尋ねている。
「それはどういうことですか!?」
その様子に、走ってきたらしい男は、息を整えながら必死で言葉を返す。
「は、はい……。王宮の宝物庫から輸送途中だったのですが、途中の田園地帯で橋を通る時に、組まれた丸太が突然崩れたらしくて……。前の護衛と引き離された隙に賊が襲ってきて、王の紋章を奪い去っていったそうです!」
「馬鹿な、あの橋は先日壊されて、まだ修復したばかりですよ!?」
自然に壊れるほど傷んでいるはずがないと、ウィリルが、唇にあてた指を噛みそうになりながら呟いている。
その言葉で思い出した。
そうだ、たしかマリエルの命が狙われた時――。その時に、壊されて直したのなら、そう昔ではないはずだ。
それなのに、また崩れた?
しかも慌てている最中に、賊が襲ってきたというのは、明らかに狙っていたとしか思えない。
「おそらく――」
側で聞いていたレオスが、考えながら口を開いた。
「直前に、橋の丸太を括ってあるロープに切れ目を入れていたのでしょう。そうすれば、何人かが渡れば、自然と重みで切れて、隊列を分断することができます」
「だとしたら……」
まさか、誰かが、マリエルの王宮入りを邪魔するために、王の紋章を盗んだ!?
おそらく、ウィリルも同じ考えに行き着いたのだろう。強く唇を噛み締めている。
咄嗟に振り返って、マリエルの顔を見た。マリエルもその考えに辿り着いたのか。
「まさか――私の明後日の行事を、妨害するために……?」
かすれながら、声が漏れる。その手が、かすかに震えているのに気がついた。
「マリエル――姫!」
無理もない。命を狙われていたのに立ち向かい、やっと女王になることが認められたばかりなのだ。
だから私は、側にいたマリエルの両手を握った。
「大丈夫。盗まれてから時間はたってはいないし、私がきっと取り返してみせるから」
少しでも安心してほしくてそう言えば、マリエルの目はまだ不安そうながらも、私のことをじっと見つめている。
「アンジィ……」
漏れたのは、心細そうな声だ。当然だろう、まさかここまで来て、こんなことが起こるなんて――。
「安心して。誰が妨害したって、私がきっとマリエルを無事女王様にしてみせるから――」
にっこりと力づけるように笑う。
そうだ、誰がどんな手を使ってきたって、負けはしない。マリエルは従姉妹でも、騎士である私の女王様なのだから――。
心で誓いながらそう見つめると、マリエルの顔には、やっと微笑みが浮かんできた。
「……ありがとう、アンジィ」
まだ不安そうだが、それでも笑みが戻ったことにホッとする。
「そうよね、今は気をしっかりもって、まずは襲ってきた賊について調べなければ――」
「姫……」
マリエルを心配して側まで来て見つめていたウィリルが、その言葉に感歎したように、両手を組み合わせている。
「橋が落ちたのならば、使者の方もお怪我をされているかもしれないわ。それと、賊の行方についても、すぐに捜すようにしてもらえるかしら」
「もちろんですとも!」
マリエルの言葉に、ウィリルが嬉々と目を輝かせている。
「レオス、姫のお言葉を、すぐにディアン大隊長に知らせていただけますか」
「はい、ただちに」
その言葉で、レオスが急いで礼をして部屋を出ていく。
私も、一緒にそのあとについて、部屋を飛び出そうとした。
しかし、背を向けかけたところで、マリエルに腕を掴まれる。
「アンジィ、その服では……!」
「あ!」
そうだった。今の私の服は、ダンスの練習用のコルセットつきスカートだ。
「とりあえず着替えないと」
マリエルのその言葉で、慌てて隣の部屋を借りることにした。
とにかく、急いで盗賊の行方を追わなければならない。まだマリエル反対派の仕業と決まったわけではないから、ただ単に、宝物が運ばれるのを知って、狙った賊の可能性もある。それならば、換金のために宝石だけにされたり、別な細工に変えられたりする前に、やはり急いで王の紋章を取り返さないと! そう思い、着替えを持って隣の部屋の扉に行こうとした時だった。
くるりと横を向くよりも早くに、先ほどの扉がまた開く。
「失礼いたします。ウィリル長官。王宮からベルスート伯爵が、マリエル姫様に面会を求めてお越しになっておられます」
いかがいたしましょうと、現れたメイドが丁寧に頭を下げている。
その名前に、ウィリルの眉が、強く寄せられた。
「ベルスート伯爵?」
「はい、今はお忙しそうだとお伝えしたのですが、どうしてもマリエル姫様に、ご面会されたいとおっしゃいまして」
「ほう――」
あれ? 扉に向かいかけた足を止めて見ていると、なぜかウィリル長官の眉が不穏に上がっていくような気がする。
「それは、それは。折角おいでいたたいたのですから、会わないというわけにはいかないでしょう」
いやいや、表情は、折角とかおいでとかは思ってはいないよな、これ。
むしろよく来てくれた、どう調理してやろうかと言いたげなのは気のせいだろうか。
冷たい汗が額に滲んだ私の前で、なぜかマリエルの顔色はまた青ざめている。
「マリエル?」
なんだか様子が変だ。うつむいて、少しだけ顎が震えている。
「アンジィ……」
どうしたのだろう、なにかいわくのある人物なのだろうか。
「大丈夫、隣で一緒にいるから」
そう言えば、ホッとしたように見つめた。その間に、許可をもらったメイドは、慌てて部屋を出ていく。
私も、女性なことはまだ公表していないので、姿を見られないように隣の部屋へ入った。伯爵が来るまでに、少しでも着替えておこうと、急いでスカートを脱いで、ズボンとシャツを身につける。再度扉がノックされるまでに急いだが、やはり間に合わず、着たシャツの袖を留めている途中で、また扉を細く開けた。
扉の隙間から窺えば、入ってきたベルスート伯爵は、ウィリル長官と同じくらいの年齢だ。ただ、ウィリルよりはわずかに背が高くて、逆に体は少し細くなっている。
おそらく、体積としては同じくらいなのだろう。とはいえ、コツコツと入ってきてマリエルを見つめる瞳は、ウィリルとは真逆だ。ひどくいかめしい顔つきで見つめると、貴族らしい所作で頭を下げている。
「マリエル姫様には、ご機嫌麗しくおすごしのことかと存じます」
「ベルスート伯爵もご健勝のようでなによりです」
帽子をとっての礼に、マリエルも目上の者らしく丁寧に答えている。
「本日は、王都長官として明後日の差配のために、マリエル姫様のお披露目式の準備がつつがなく進んでいるかのご確認にまいりました」
嫌なタイミングだ。 王都長官ならば、式典のために地方から多くの諸侯が来るから、確認しなければならないのだろうが……。
「お勤めご苦労様です。見てのとおり、行事で身につける衣装は、このように用意ができております」
マリエルが、部屋に届けられた薄桃色のドレスを示しながら答えている。華やかなドレスに視線をやり、しかし、ベルスート伯爵はふんと鼻で笑った。
「たしかにご立派なドレスができております」
ですが――と、周囲をくるりと見回している。
「お披露目式で身につけられる王の紋章がまだ届いてはいないようですな。今日、王宮の宝物庫からお届けされると伺っていたのですが」
「もちろんもご連絡をいただいております。まもなく到着するでしょう」
探るようなベルスート伯爵の眼差しに、側にいたウィリルがすぐに答えている。その言葉にベルスート伯爵は、目を鋭く細めて、ウィリルを見つめた。
「そうですか。ウィリル長官のことなので、姫に古ぼけた紋章などつけられないと、磨き終わるまで受け取りを拒まれたのかと思いましたが」
「たしかに姫のためならば、支度はこの世で最高のものにしなければなりません。とはいえ、紋章は、古来よりの王としての品で、姫の威厳をさらに高めてくれるものと思っております」
「ふん、白々しい。このたびの支度で呼んだ服飾師に、姫の衣装はすべて最新で最高のデザインにしろと、何回もデザイン画をやり直させたことは聞き及んでおりますぞ。服飾師が何回も汗だくになって描き直し、最後には寝不足で転んで、血の滲んだ手で描き上げたとか。いくら姫がかわいくても限度というものがあるでしょう」
うわあ、まさかウィリル長官の姫馬鹿が、すでに耳に入っていたとは。しかも、ドレスがまさに服飾師の血と汗の結晶だ。だが、聞いたウィリルは腕を組んで、フッと笑っている。
「おや、久々に会ったのに早くも嫌みですか。そんなに過去に、十対ゼロで私に負けたのが悔しかったのですか?」
「なっ……!」
一瞬で、伯爵の顔色が変わった。
「あれは、勝負などしとらん! それに、今は結婚した私のほうが圧倒的に優利だ!」
「まあ、そういうことにしておきましょう。なにを言われても過去は変化しないですし」
その言葉に、ベルスート伯爵の顔は、怒りが頂点に達したようになっている。さすが、ウィリル。人の神経を逆なでする技は一品だ。
「と、とにかく!」
ぐっと唇を噛み締めるのと同時に、ベルスート伯爵は赤くなった手を握りしめた。
「儀式の日には、きちんと王の紋章はご用意できるのでしょうな!? それがなければ、姫が正当な王位継承者かどうかみんなに疑われますぞ!?」
「それは、もちろん――。私が姫の支度を怠るなどあるでしょうか」
「ふん、それならば結構!」
嘲るように笑って、ベルスート伯爵はウィリルから視線を外した。
そして、マリエルを見つめる。
「では、マリエル姫。見事な式典を期待しております」
嫌な感じだ。まるでなにか問題が起こっていないか、確かめに来たかのように。
「なんだって、このタイミングでマリエルの支度の確認を――」
嫌なものを感じながら部屋に入ると、その私の前でウィリルはベルスートが出て行った扉を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「彼は、第三王女様の乳母を務めていた者の夫です」
「え、それって……」
予想していなかった言葉に、私も見つめていた扉からウィリルに目を戻した。
「そして、私と同期で文官になりました」
「うん?」
あれ? なにか嫌な予感がしたぞ?
そう感じて眉を寄せると、ウィリルは爽やかに言葉を続けている。
「同じ部署勤務になり、私は十回、彼はゼロ回女性から恋文をもらいました」
「十対ゼロって、ラブレターの数ですか!?」
思わず声をあげる。まさかの品だ。
「その後、私は順調に出世をして、前国王陛下の信頼を受け、マリエル姫の後見人に任じられました。その後、なぜか、彼が第三王女様の後見人に立候補したのですが――」
うわあ、と思わずなってしまう。
「明らかに、ウィリル長官への対抗意識じゃないですか!?」
いったいこの人、若い頃になにをやっていたんだ!?
「そして、当然ながら、王位継承に関する騒動では、彼は第三王女様派となりました」
本当に、この人いろんなことの元凶だな。
思わず瞼を伏せて、心で呟いてしまう。
「とにかく――その彼が、わざわざこのタイミングで訪ねてくるなんて、怪しいことこのうえありません」
その言葉にハッとなり、ウィリルを見つめた。
「では、ひょっとしたら、彼が王の紋章を――」
「それはわかりません。ですが、王都長官をしている彼ならば、紋章が運ばれる日は、事前に知っていた可能性があります」
そうだ、重要な宝物が輸送されるのならば、使者の通行が王都の城門に連絡されていた可能性は高い。
「わかりました。では、すぐに大隊長に連絡をして、彼の周囲を捜索します!」
「気をつけて、アンジィ」
そのマリエルの言葉を聞きながら、私は急いで部屋を飛び出した。
とにかく、今は一刻も早く王の紋章を取り返さなければならない。
マリエルの式典の日まで、あと二日!
私は心の中で数えながら、急いで階段を駆け下りた。




