15 ルーグの異変
「お弁当持ってきたよ」
ナナシが帰ってきたのでルーグのお弁当運びがまた始まった。今日はローワンの分の入っているので今までよりも重い。
「サンキュー、ルーグ。昨日は紹介出来なかったかんな」
ルーグに礼を言ったナナシはローワンを呼んだ。
昨日はお互い顔を見ただけでなので紹介もなにもしていない。
「お兄さん、どうしたの?」
呼ばれたローワンが2階からやってきて少し怯えたようにナナシの近くまでやってきた。
「こいつはルーグ。よくここに遊びにきてっからな」
「店番なんかもしてるけどね。まぁ、そんな機会ほぼないんだけど」
遠回しに客が少ないとルーグが言う。アルゼルが指摘した時と違ってナナシは怒ることもなく否定できないと笑っていた。
「昨日言ったけど拾ってきたローワン」
「その、よろしくね。ルーグ君」
「うん、よろしく。ローワンさん」
なんとなくナナシの隣にローワンがいることに小さくもやっとしたものを抱えたものの、わけが分からないと気にしないことにしたルーグは日課を始めた。
ホウキを持って外に出たルーグは店の出入り口付近を掃き、それが終わると店内の片づけなど始める。
ここ数日はナナシが不在だったためにそこまで散らかっているわけでもないので掃除自体は楽なものである。
「……あの、ルーグ君」
「なに?」
大きな木箱を拭いているとローワンが小さい声で声をかけてきた。ルーグは掃除する手を止めて振り返る。
「わたしもお仕事が欲しくて……」
「うーん」
困ったようにルーグは頬をかく。
まだやることは多少なりともあるのが、なんというか自分の領分を荒らされたくないという気持ちがある。
それだけにローワンの恩人の役に立ちたい気持ちも分からなくもないのだが、ルーグからすると手伝われる方が迷惑なのだ。
かといってそんなこと本人に言えるわけもなく、ナナシに伝えるわけにもいかず、ルーグとしても非常に困る事態だ。
「もうすぐ終わるから。ナナシにでも聞いてみて」
「あ、と、そうするね」
すぐに引っ込んだローワンにちょっと冷たい言い方だったかなと少し反省しながらルーグは日課の続きを再開する。あとは工房だけだ。
食品が置かれている棚を中心に掃除をして、全ての掃除を終わらせたルーグは大きく伸びをするとお茶を淹れる準備に取り掛かった。
「あ、3つか。いや、オーウェンさんも来るだろうし多めでいっか」
習慣でカップを2つだけ並べたルーグはローワンがいることを思い出してもう1つカップを棚から取り出した。
それからオーウェンが来るはずとまとめて作って置くことにする。少しぬるめにしておけばオーウェンもすぐに飲めることだろう。
ドリアードが持ってきた茶葉で淹れようか迷ったがローワンがいたのでは説明もできないとルーグは適当な茶筒を取った。
お茶を淹れて運んだまではよかったのだが、ルーグの定位置にはローワンが座っていてルーグは仕方なくナナシの対面に座った。
ナナシと2人の時は対面に座るが他に人がいるとなると対面は違和感がすごい。
「ありがとな。今日はどれ選んだんだ?」
「なんか紫のやつ。変な形の」
「あー、あれか。前に俺が失敗した」
変わらないナナシとのやり取りに少しだけルーグのムスッとした顔が笑顔になる。
そこにアサヒがやってきた。
ローワンのことも心配して様子を見に来たらしい。体調を崩しやすいのはちょっと落ち着いた時だと。
店に入るなりルーグの様子を感じ取ったアサヒは、お茶を取りに向かったルーグの隣に座りながらナナシに声をかけた。
「モテる男は辛いねぇ」
「茶化すなっての。しっかし、どうしたもんか」
似たようなことはフィリーがルーグにやっていたが、フィリーは自分の感情に直球だったからルーグ相手に即ケンカを売った。
いい大人が幼い子供に何をやってるんだかと呆れつつ、ガラドたちにも窘められてなんとかまとめることが出来た。
ルーグの場合、性格的にフィリーのようなことはしないし、なんならいやーな気持ちを抑え込んで慣れないだろうローワンに気を使うだろう。
それにローワンが気づけば、互いに縮こまってしまうはずだ。
それが分かるだけにナナシもどうするかと悩んでいる。
「ナナシ君なら大丈夫じゃない」
アサヒはにっと笑った。
もちろんバランスを取るのは難しいだろうけれど、ナナシがないがしろにすることはないと分かるからだ。
「どうぞ、アサヒさん」
「ありがとうね」
ルーグがソファに座るとアサヒはレオンとリジーが今日はここに来ないことを伝える。今日は領主との話を優先するとの事だ。
昨日はアサヒも領主の家に世話になったようで、出かける前にレオンが伝えるように頼まれたと言う。
「了解。ちょっくら作業してくるからオーウェンが来たらよろしく」
「うん」
ナナシが工房に向かい、アサヒが1人しゃべって間を持たせているとオーウェンがやってくる。いつものようにお菓子を持って。
見慣れないアサヒとローワンも鍛冶師殿のお客と判断したオーウェンは何も詮索はしなかった。名前すら聞かず名乗らずでアサヒが言わなかったらそのままだった。
「ルーグ殿、取り皿は4枚でいいですぞ」
「え、だって」
ルーグがお茶をオーウェンに出すついでにお皿を取りいこうとしたらオーウェンが言った。
この場には4人だが奥でナナシが作業しているのだが。
「5では割り切れませんゆえ。さっと食べて証拠隠滅ですぞ」
そう言ってオーウェンが開けた箱の中には4列2つずつ並んだ淡い色の正方形があった。
「ルーグ君、ローワンちゃんは何色にする?ほら、早くしないとナナシ君戻ってきちゃうよ」
アサヒが急かし始め、オーウェンが持っていたペーパーナプキンを置いて子供たちは流されるように選んだ。次いで譲り合いに負けたアサヒが取る。
オーウェンからもらったお菓子を食べきったルーグは、今思い出したと工房にナナシを呼びに行った。
フィリーの嫉妬
ナナシと再会したフィリーは、そのそばにいるルーグのことをガン見、自分もナナシに褒められたい一心でルーグのことを手伝おうとして失敗を繰り返したりと余計な手間を増やしていた。
仲間に叱られたり、ナナシが変わらず接してくれることでルーグとは和解している。今はルーグもフィリーに対し、邪魔な時は伝えるようになったが。