13 帰路に着く
誰も御者が出来ないことが分かり、ナナシは小さくため息をついて立ち上がるとトライコーンの近くに移動した。
トライコーンに手を伸ばしてしばらく触れるとナナシはこんなもんかと呟いて手を離した。
するとトライコーンは一鳴きすると軽快に走り出した。
「何をしたでありますか?」
「上手くいく保証はねぇけどちょっとな」
明言を避けたナナシはリジーにローワンが放り出されないように見ておけと伝えて、リジーの関心を自分から別のものに移しておく。
「はいであります」
ピシィの敬礼したリジーはさっそく自分に割り振られた仕事だとやる気を見せ、ローワンの安全確保に取り掛かった。
そしてレオンはナナシとアサヒの方を向いてあぐらをかき、頭を下げた。
「鍛冶師殿、アサヒ殿。此度は誠に感謝も――」
「いーよ。俺はやりたいようにやっただけってな」
「戦争なんて嫌だしさ」
2人はレオンの感謝の言葉を言わせない。
それぞれに思うところがあって勝手にやっただけなのだとして。
「かたじけない」
頭を下げ続けるレオンから視線を外したナナシはそんなことしている暇はないと、レオンの肩に手を乗せるとレオンが背負っている巨大な斧を取って渡す。
「それよりもだ。任せたぜ、レオン」
レオンは顔を上げ、自分たちに向けられる敵意に気がついた。ねっとりとした、こちらを品定めしているような。
辺りに視線を巡らせたレオンはすぐにそれを見つけ、全員に伏せろと指示を出し大きく斧を横に振った。
ナナシだけはあまり従わずに網部分が布でできた虫取り網を構えていたが。
瞬間、飛び出してきたのは茶色の巨大な物体だった。
レオンの一振で切断されたそれは後ろでナナシが広げている布の中に消えていった。どうやら虫取り網はマジックバックでできたものだったらしい。
「な、なに、今の」
怯えてリジーにしがみつくローワンが震える声で言った。
冒険者やギルドの職員でもなければ巨大なモンスターを見かけることは少ないので仕方がない。そうじゃなくてもいきなり大きな物体が飛んできたら誰だって驚きもするだろうけど。
「ウッドスネーク」
「木のふりをしてじっとしてるけど、ご飯を見つけたらパクって飲み込んじゃうんだ」
手をパクパクとさせてアサヒが朗らかに説明するが、ローワンは顔色はますます悪くなっていく。飲み込まれた想像でもしたのかもしれない。
町の外に出ればモンスターはそうそう珍しくはなく、むしろ当たり前のことだがローワンはモンスターが出るたびに怯えていた。
猛スピードで進む馬車と、全員がそこそこ戦闘特化なこともあって一切の被害なく切り抜けて行ったが。
日が沈み始めるとナナシたちは馬車を止めて夜営することにした。このまま走らせてもいいのだがローワンがもたないだろう。
夜の見張りをアサヒから交代したナナシは火から出る煙を追って空を見上げて、昔教わった星座を思い出して指を繋いでいく。叩き込まれたのでよく覚えている。
そうしていると荷台からひょこっと動く人影が見えた。
ローワンが起きてきたらしい。
「眠れねぇのか」
「うん。今日1日でたくさんのことが起こりすぎて……。それにお姉さんが抱き枕にしてくるから」
そのせいかなかなか眠れないらしい。
たった1日のことなのに言い尽くせないほどのことが起こったのだから。
世話をしてくれていた組織がエアリスに潰され、ナナシたちがレオンを救うために来たと知ったり、リジーが獣人だったことに驚き、猛スピードの荷馬車に乗せられモンスターにちょこちょこと襲われる。
きっと自分自身に起きたことなのに現実として受け入れきれないと言うところだろう。
故郷を出ることになっただけでも精神的には辛いはずだ。
「そうか。リジーは次見張りだからしばらくはゆっくりと寝れると思うぞ」
ゴソゴソとマジックバックを漁りながらナナシは言って、取っ手付きのカップを2つと大きめのポットを取り出した。
カップにポットのお茶を注いで片方をローワンに渡す。獣人から教わったというブレンドだ。
両手でカップを持ったローワンはフーフーと冷ましながらちびちびの飲んでいく。
「……あの、お兄さん」
呟くようにローワンがナナシを呼んで、ポットを片付けていたナナシが顔を上げた。
「どこに向かってるの?」
「職人街。レオンもリジーもそこで待機ってことになったかんな」
「職人街ってあのすごく有名な?」
ローワンが驚いたふうに言った。
世間じゃ職人街と言えば1級品ばかりが揃う近寄りにくい場所と思われていることもあるので驚くのも無理はない。実際はそんなことなく、客との諍いも多く荒くれの街に近いのだが。
「そ、アズライトとは違った意味でうるせぇとこ」
ナナシが嫌そうな顔して言うものだからローワンは不思議そうに首を傾げた。
「作業中の音はうるせぇわ、客とはケンカするわ、まぁ静かな日なんて存在しねぇな。冒険者なんかは賑やかな奴も多いかんな」
そんなお堅いところじゃないとナナシ。むしろ賑やかさで言うのなら毎日が祭り状態といった風である。
「想像がつかないや」
「ま、変わった街だな」
貴族も冒険者も同列に扱い、ケンカもする。アズライトとは違った意味で混沌しているのが職人街だ。
きっとローワンもすぐに受け入れられることだろう。
トライコーン
馬型のモンスター。BからAランク相当の強さ。
気性は荒いが主と認められればかなり従順で、特殊な技能なしの御者が扱える最高速度を誇る。




