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1 領主の呼び出し

 大きなため息を吐いたナナシは机上の紙を周囲に散らして乱暴にソファにもたれかかった。


「あー、めんどくせぇ」

「領主さまの?」


 ナナシが散らかした紙を拾い上げながらルーグが言う。


「そうだよ。ったく、あの子爵のせいで」


 グチをこぼしたナナシはカップを掴むと一気にお茶を飲み干した。


 あれだけやらかして何もなしは虫が良すぎるのも分かっているのでナナシもしっかりとはやるつもりだが、その原因となった子爵には腹が立った。


「さっさと黙らせときゃよかったか」

「それだとナナシが捕まっちゃうから。まぁどうにかできちゃうんだろうけどさ」


 今日も他愛ない会話をしながら過ごしていると来客がやってきた。


「邪魔するよっと」


 入ってきたのはこの辺りではあまり見かけないワフクと呼ばれる服を着た中年のアサヒだった。腰には一振の剣と小さな巾着袋を下げている。


 無精髭を生やしただらしなさそうに見えるそいつは、滅多に来ることはないが常連といって差し支えない男アサヒだった。


「あー、お前か。今日はなんだ?」

「近くまで来たからね。ほら、おじさんの顔見ると元気なれるでしょ?」

「全然」


 アサヒはナナシににべもない返事をされ、あら?といいながら朗らかに笑ってルーグにも同じことを聞いてくる。


 曖昧な返事をしながらこの店の客はどうしてだか変人と呼ばれる人種が多いのなぜだろうかとルーグは困ったように笑うと、お茶を淹れくるとその場から逃げ出した。


「いやー可愛いもんだね、ルーグ君は。おじさん、今回もお土産買ってきちゃった」

「そうか」

「心配しなくても君の分もちゃんと買ってあるからね」


 そう言ってアサヒはナナシが子供扱いするなと言い出す前に巾着袋から小さな包みと手のひらサイズの箱を取り出した。


(こっち)がルーグ君ので、包み(これ)が君のね」

「どーも」


 子供扱いされていることでムスッとしていたがナナシは素直に受け取りすぐに包みを開ける。中には黄色味を帯びた微かに光る粉が入っていて、ナナシはつまんでサラサラと落とした。


「ん、こりゃ月の蝶(ムーンフェアリー)の鱗粉か?」

「当ったりー。少ないとか言わないでよ、この量でも苦労したんだから」


 よく見ただけで分かるもんだといいながら、欲しがってたでしょと付け足した。


「まぁな。少ないとかは言わねぇよ。つーかよくこの量取れたもんだと感心するわ」

「コツがあるからね」


 ナナシに褒められたことでアサヒは自慢げな顔をする。


 そこにお茶を淹れたルーグが戻ってきた。


「お待たせしました」

「ありがとうね。これ、おじさんからのお土産ね」

「あ、ありがとうございます」


 箱を受け取ったルーグもその場で箱を開けた。

 入っていたのはバラの花だった。赤い花びらは透き通っていて艶やかだ。


「お花?」

「アメだよ。すごいでしょって、職人街(ここ)じゃ見慣れてるか」

「ううん、見たことない。ナナシ、見て!」


 ルーグは物珍しげに眺め、ナナシにもなにやらすごいものだと見せる。

 これが食べれるものだと信じられない。


「すごいもんだよな。しっかし、こりゃまた随分遠くまで行ってたんだな」

「名指しの依頼が来たからさ、久々の遠出も楽しいもんでしょ」

「だな」


 この2人の遠出は基本国をまたぐものだと言っておく。なので、一般的な遠出とは感覚は違う。


 なので色々と不思議な話が聞けるのでルーグがせがみ、アサヒが回ってきた国については話していると息を切らした来客がやってくる。


「今日はお客が多いじゃない」

「明日は雨でも降るかもな」


 客人はウォルバーグのところに所属する鍛冶師の1人だった。

 のんびりとした会話をするナナシとアサヒに一瞬どう話を切り出すか躊躇ったが、すぐに要件を口にした。


「ウォル、バーグさんから……すぐに領主様のご自宅に、来るようにと……」

「領主んとこに?」

「はい……」


 怪訝な顔をナナシはしたが一気に階段を駆け上がったのだろう若い鍛冶師は疲れ切っていて、ちょっと会話をするには難しそうだ。

 ルーグは水を用意してやる。


「これ、行った方が良さそうよ。おじさんの勘がいってる」

「アサヒの勘は当たるからな。しゃーない、行くか」


 疲れ切っている若い鍛冶師をすぐに帰らせるのはちょっと不憫だと、ナナシは鍛冶屋の鍵をそいつに渡すと領主の家に向かうために店を出た。

 なくなって困るものは常に身につけているマジックバックに入っているので取られて困る物もない。


 空の弁当箱を持ってついてこようとしているルーグはいいとして、なぜかアサヒもついてきたからだ。理由は用心棒とか得意だから、らしい。


 急ぐわけでもなく普通に歩いて領主の家まで行くと、アサヒの存在を確認されることもなくすぐさま応接間に通された。


「話ってなんだ――うおっ」

「鍛冶師さん!」


 部屋に入るなりナナシはなにかに激突されてよろける。後ろではアサヒがルーグに危険が及ばないように咄嗟に動いていた。


「だれ……お前、リジーか?」

「そうであります!助けて欲しいであります!」


 ナナシに激突したなにかは、本来この国にはいないはずの獣人だった。

アサヒ


軽い感じの冒険者。

出身は王国ではないらしい。


ナナシの店の一応常連。

国をまたいで放浪しているため滅多に来ることはないが、来る度にナナシも子供扱いしてお土産などを渡している。

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