15 何事も無かったように
「ほら、行くわよ」
無事に鏡蛇の素材を入手したフィリーたちは職人街に戻ってきた。
いつもならナナシに会えるとはしゃぐはずのフィリーだが、今日は躊躇って入り口で足を止めた。
だって職人街に入ればまたコネリー子爵が付きまとってきて、自分だけならいいのに自分と関わる人たちが巻き込まれてしまうから。
どんなことだって対処してしまう格好いいナナシはそんなもの苦にすらしないのだろうけど、そうじゃない人たちもいる。ルーグとか、ロイとか。
「あ、フィリーさん。おかえりなさい」
職人街に入るのを躊躇っているフィリーに門番をしている若い衛兵が声をかけてきた。
「なにか……あー、解決してますよ。あのお貴族様なら議会にかけるために王都に送られましたよ」
「随分と早い……」
「フィリーさんの実家が動けばそうでしょうね」
貴族の罪を捌くには時間も手続きもかなりかかるはずで、フィリーたちの一冒険のうちにここまで片付くものじゃない。
やはり力のある家が関わるとものごとがスムーズに進むらしい。
「そっか、良かった。ありがとう」
コネリーが捕まったことに胸を撫で下ろしたフィリーは教えてくれた衛兵に微笑んでお礼を言った。
衛兵は頬を染めて見蕩れ、もう1人の衛兵も固まっていた。美人の破壊力は半端ないということなのだろう。
気持ちが軽くなると足取りも軽くなり、フィリーは軽やかにナナシの鍛冶屋に続く長い階段を駆け上がっていく。
それについていけたのはガラドだけで、まだロイはマシな方だったがシーナとアルゼルは途中でへばり、後から行くとフィリーを先に行かせた。
「ただいま!!」
「おー、おかえり。全部解決したからな、もう大丈夫だぞ」
「うん、ありがとう!」
晴れやかに花が咲くようにフィリーが笑い、ナナシは辛かったなとフィリーの頭を撫でてやる。それだけでフィリーはご満悦だ。
それからフィリーは躊躇うように口を開いた。
「……みんなは無事だった?」
自分は街にいなかったから付きまとわれることもなかったが、ロイのように自分が親しくしていたから狙われるなんてこともあったんじゃないかと。
「そうだな――」
何を言うべきかとナナシが悩みながら口を開いた時、店の戸が開いて息を切らせながらシーナたちがやってきた。
「つ、つっかれたー」
「フィリーさんたちってすごいですね」
「体力おばけですからね。しかし、前衛の為せる技なのでしょうが」
シーナたちがやってきたことで間が空いて、ルーグは自分の記憶に蓋をするようにナナシに笑いかけた。
「なにもなかったよ。ね、ナナシ」
「あいつらがきて俺がちょーっと失敗したけどな」
だから何もなかったとナナシもルーグに乗った。
今回のコネリー子爵の件でフィリーがどれだけ自分を責めているかも分かっているから、ルーグが人質として捕らえられたことをいえばますますフィリーは自分を責めてしまうだろう。
きっとルーグはフィリーだけじゃなくてナナシにも気を使ったのだろう。ナナシがドラゴンという種族も持つことを知らせないためにも。
そしてルーグは全員が揃ったからとお茶を淹れてくると工房の方に行った。
「ちょっとした失敗って?」
「今度は何をやらかしたんですか」
興味津々にフィリーが呆れたようにアルゼルがナナシに問いかけ、ナナシはヘラっと笑って答える。
「ちょーっと手元が狂ってな。モンスター避けが暴発したもんで、いやー街の連中にゃ迷惑かけた」
「鍛冶師さんの作ったものと考えると……」
「効果自体すごいだろうね」
街の人たちに被害が出るほどと聞いてガラドもロイも何も言えなかった。そんなもの作ってどうするつもりだったのか。
「ま、その辺はギルと領主が上手いことやったみたいだけどな」
だから心配するなとナナシは言うが、ナナシのことを分かってきた黄昏の歌からするとこの軽い感じで喋るナナシの時ほど危険なのだ。
まぁ真面目にしてないので深刻になるほどのことはなかったのだろうけど、それにしてもなのである。
今回だって街に影響を及ぼしておいて何事も無かったように振る舞っている。
「それでお咎めなしとか随分と――」
「さすがに許しちゃくれなかった。街の防衛強化に手を貸せってさ」
おかげでしょっちゅう呼び出しがかかるとナナシはわざとらしくため息をついてみせる。
「それだけで済むのもかなりの温情なのでしょうね」
「だろうな」
アルゼルの言葉にナナシは頷いた。
ナナシ自身もルーグを傷つけられそうになって本気で怒ったとはいえやりすぎた自覚は大いにある。
言うなれば畏れるものがいない力なわけで、一瞬とはいえこの街の人たちを恐怖のどん底に突き落としたのである。それを街の防衛強化の手伝いだけで済ませているのだからアルゼルの言う通りだ。
「お待たせ。今日はガラドさんの好きなやつにしてみたよ」
「ありがとう、ルーグ君」
「あー、あれね」
ルーグがお茶を持ってきて一度話は中断する。皆がルーグの淹れたお茶に舌鼓を打つ中、ただ1人フィリーだけが浮かない顔をする。
それに気がついたナナシはフィリーに大して尊大に言う。
「フィー。今のは俺の失敗であってお前の失敗じゃねぇ、自分もんにしようとすんな」
「でも……」
そんなことを言われたってフィリーは吹っ切れることができない。大元をたどれば自分が原因なのだと自分を責める。ギルベルトが貴族じゃなくなったのも――。
「フィリーさん、ナナシに付き合ってたら一生反省してなきゃだよ」
ルーグが言って、シーナとアルゼルがその通りだと頷き、ガラドも控えめながらもロイも否定できず苦笑いしていた。
「よーし覚えてろよ、お前ら」
ナナシが宣言して、前回のことを思い出したアルゼルが慌てて謝罪をしようとして誰かが笑いだし、釣られるように笑いが伝播していく。
いつの間にかいつもと変わらない時間に変わっていた。
モンスター避け
ただの柵からモンスターの嫌がるものを発生させるものまで様々。
職人街では中に入って来れないようにするのがメインである。素材の都合や冒険者の小銭稼ぎなどの理由があるためにそうなっている。




