16 オレを救ってくれた人
レインの元にたどり着いてからみんなは忙しそうにしていた。
食材の調達は町や村などではないので自分たちでやらなければならず、ここを訪れる機会はそうないだろうと辺りの探索などをしていたりする。
戦えないルーグは安全な洞窟内で留守番しているしかない。
洞窟内は元々キレイだったし、フィリーたち主にガラドだが、自分たちが汚したところは掃除しているので基本的に清潔でルーグの出番はなかった。
洞窟内の探索も初日から見て回っているのであまりやることもない。使われてない空き部屋ばかりなのでそこまで見るものがないとでも言うべきか。
そんなわけで退屈かと思えば、洞窟手前にはレインがいるので話し相手がいるため暇にはならなかった。
お茶を一緒に淹れた辺りからルーグの緊張も解けていて、ルーグから話しかけることもあった。もしかすると、フィリーたちと違って神聖なものという扱いはしていないので打ち解けるも早いのかもしれない。
「お主も我に会いたがっていたと聞いたが?」
「それは、ドラゴンが気になったのとずっとお礼が言いたかったから」
「礼とな」
ドラゴンといえば人らの間では脅威でありつつ憧れる存在と呼ばれるので理由としては分かる。しかし、礼と言われると思い当たる節はなく疑問が残る。
不思議そうに聞き返したレインにルーグはこくりと頷いた。
「オレ、小さい時に……今よりもっと小さいときに魔力欠乏症になって、あいつ……ナナシが治してくれたんだ」
魔力欠乏症は不治の病と言われ治療法もなく、発症したら長くは生きられない病の1つとされている。
――そのはずだった。
鍛冶師になれない夢を受け入れ前を向けるようになった矢先で、その運命を覚悟するのは出来なかった。きっともう少し発症するのが早ければルーグは病を受け入れて全てを諦めていただろう。
「ふむ、童もそうであったか」
しみじみとレインが呟く。
ナナシも魔力欠乏症だったので、治し方を知っていてもおかしくない。実際、レインはナナシに治し方を教えている。
しかし、レインが言いたいのはそこじゃない。
子を救いたいと願う両親からすれば躊躇いはあれど振り切ってしまえる様なものだとしても、ナナシは随分と危ない橋を渡ったものだ。
なにせ他人の魔力への干渉は人間の世界では禁忌なのだから――。
1歩間違えば異端者として指名手配され追われ続ける人生になりかねなかったわけで、まぁ、そうなればまた大災が起こるだけだが。
「ならば、あやつがここに連れてきたことも納得がいく。心配せずとも出来ておる」
ルーグをこの場に連れてきたのは、どうやらルーグのお願いだけが理由ではなかったらしい。しっかりと治せているかをレインに確かめてもらうためにもルーグを連れてきたようだ。
「ナナシほどやんちゃでないようであるが、思うままに動けぬと言うのは難儀であろ」
「うーん困ることもあるけど、先にやってる人がいるから」
「そうであったな」
熱や全身の痛みに苦しめられることもあるが、ナナシがいるので全くの未知じゃなく、時にアドバイスや対処もしてくれる。だからルーグも魔力の循環異常に必要以上の恐怖を持たずに過ごせている。
「それに、もっと嫌なことならあったし。それもあいつに助けてもらったってことになるのかな?」
「ほう、聞かせてくれまいか。あやつは言いそうにないのでな」
「うん」
頷いたルーグはほとんどオレの人生全部になるんだけどと前置きをしてから話し始めた。
ルーグにとって人生で1番辛かったことは鍛冶師としての才能がないと通達されたことだった。10年にも満たない人生だが、ここまでの絶望はこれから先にあるかどうかと言うほどに。
職人街じゃ親と同じ職に子がつくのは当たり前と言った風で、たまに他の職につく子供もいるがそういうものであって、ルーグも当然のようにその道に進んだ。
しかしルーグにはその才がなく、父親から才能の無さを指摘されもう工房に来なくていいと言われ、ルーグは全てを失ったようにうごかぬ人形となった。全てを拒絶して塞ぎ込んだ。
「その頃、あいつが街に来たんだ。オレはあんまり覚えてないけど、街のお祭りに無理やり連れ出されて、屋台全制覇するから手伝えって」
「あやつに似てきておるな。ナナシのことである、実行したのであろう」
食品と遊びの屋台だけだが実際にナナシは端から順番に屋台を回り始めた。
塞ぎ込んでいたと言っても鈍っているだけで感情はある。宣言通りにやるナナシにルーグはこいつは何をしているんだと考えが浮かんだが。
鈍った思考が言語化する前に次から次へと持たされて、食べさせられ飲まされ、投げさせられたり打たされたりで息付く暇もなかった。
しかも、鍛治長の息子のルーグと来た直後に街へのモンスター被害を防いだ英雄という事もあっておまけも多く、結局早々に満腹になって全制覇は叶わなかった。
それでも続けようとしたのをルーグが止めたのだが。
「それから忙しいからお弁当届けて欲しいって言われて、今の形になったんだ」
ルーグは知らないがルーグの母とナナシが画策して気分が変わるようにとやったことで、初めてルーグが行った時のナナシは休むことで忙しいとか堂々と言ってのけていた。
店に辿り着くと休憩をしないと帰るのが大変なので会話をするようになり、ルーグとナナシの今の関係性が出来上がった。
「そうであったか。あやつも色々とやっておるのだな」
「うん。色んなこと教えてくれたり、出来そうなことはやらせてくれたりするんだ」
ナナシは才能がないって言われただけで学んじゃいけないってわけでもねぇだろと、応急処置の修理法とかを教えたりする。
まぁ3割ほどは自慢にするにしても相手の理解かそこそこないと凄さが分からないからだったりもするが、やるやらない関係なく知っておくのも悪くないというナナシの考えからだ。
実際、役に立たなそうな知識がヒントになったりすることもある。
それからルーグは職人街でのナナシの話をレインに伝えていく。
時に大丈夫なのかと思うような話もあったが、レインはルーグがとてもナナシを慕ってくれているのが分かり、人の暮らしに馴染んでいるようで安心していた。
魔力欠乏症
人間の間では原因が明らかにされていない魔力が枯渇する謎の病。発症するとだんだん動けなくなり寝たきりになる。
レイン曰く、魔力の取り込み口が小さいために魔力の消費に回復が間に合わず、体内の魔力が枯渇していってしまうのが原因とのこと。
なので魔力の取り込み口を広げてやれば治せるが治療中は激痛を伴い、ナナシもルーグも数日は気絶している。
他人の魔力への干渉は人間のルールでは禁忌である。




