一週間の記念
ほげーとしながら歩く残りの帰り道。
やがてたどり着く、目的地。
ただいま我が家。
と、私は家の敷地に足を踏み入れる。
ドアを開けて、すぐそこには楓花が正座をして私を待ってくれていた。
「おかえり、お姉」
「ただいま帰りましたでござます」
江戸時代っぽいセリフを口にしながら、私は靴を脱いで──。
と、そうしようとした時に気付く。
「……あ」
…………これ、美結ちゃん家のスリッパやん。
やば。あんな悲しい形でバイバイしたのに、また会うことが確定?
なんだか拍子抜けというか、私たちらしいというか。
ぽっかり空いた心の穴が、なんだか埋まっていくような心地だ。
別に私は嬉しいけど、美結ちゃんがどう思うか……。
「お姉! ちょっと、今日のあれ何!」
私がスリッパを見ながら唸っていると、楓花が声を飛ばしてくる。
顔を上げて、楓花を見たら、ちょっと興奮気味な感じ。
「あれって? あぁ、放送のやつ?」
「うん」
「ごめんねー。部活、中断されちゃったよね?」
「まぁね。……それよりもだけどさ、お姉。……めっっっちゃ恥ずかしかったです。お姉が、言葉を詰まらせて、結局美結ちゃんが喋っているところ」
「あー。私も、思い返せばかなり恥ずかしいです」
「まぁ、それも別にいいとして」
顔を強張らせていた楓花は、そう言うと。
少しばかり、深刻そうな表情でこう問う。
「……美結ちゃん、イジメ受けてたの?」
「うん。まぁ、そんな感じだよ。ひどいよね」
「そっか。気付いてあげられなかったの、申し訳ないな……」
「うん、私も。……けど、まぁ。今日は、その人たちに復讐が……できたのかな? もう学校にいなかったらしいから。できたのかな」
「そっか。あの放送は恥ずかしかったけど、そういう複雑な事情が絡んでいたからやったことなんだよね。お姉、優しい」
「優しい? 当然のことじゃん。親友なんだから」
それに。私にも、非があったし。
「うわー。もっと優しいー! お姉に惚れるー」
「はいはい」
楓花には、桃杏ちゃんがいるだろ。
と思いつつも、私は頬を緩ませる。
脱いだスリッパはどうしようかと思案しながら。
とりあえず、今日は靴箱の中へとそれを仕舞った。
「もうご飯出来てるって、いくよ。お姉」
「はーい」
※
『今日は、すごい長い一日でしたね!』
この日の夜。えっと、もう十時くらいになった。
心音から、そんなラインが届いた。
いつも通りに、ベッドに寝転びながら。
その届いたラインに返事をする。
『圧倒的ボリューム。というか、密度がすごい一日だった! 例えるなら武道館に入る人数くらいの密度があった!』
『なんですか、その例え。東京ドーム何個分とかよりも分かりにくいです』
『東京ドームの例えが分からないのは同意。田舎の人にそういう説明すな』
『ですね。……それで、ですが。美結さんはどうでしょうか? 今日、一緒に帰ったんですよね?』
『なんで知ってるの?』
『車で玄関を通過した時に、目に入ったからです。あれは伊奈さん待ちだなと、……一緒に帰るくらい別に怒ってないですけどね⁇』
文面から、圧を感じるのは気のせい?
いや、絶対違うような気がして、私は謝る。
『ごめんなさい』
『許しましょう。それで、もう一回聞きますが、美結さんはどうでしたか?』
返信が届いてちょっと悩む。
なんて答えればいいのだろう。
思いながらも、私は文字を打つ。
最近、心音とのやりとりのお陰で、入力速度が結構早くなってるな。
と、自分自身に感心した。
『どうって、難しいけど。美結ちゃんは、美結ちゃんなりの決意をした感じかな。少なくとも美結ちゃんは、悪い選択はしていない。言い切れる』
『そうですか。なら、良かったと思います。本当に、思ってますよ!』
『はーい。美結ちゃんは、明日学校に来るかな?』
『分かりません。先生は「明日、詳しいことを聞く」って私たちに言ってましたけど……どうなんでしょうかね』
なんとなく、来ない気がした。
だって、美結ちゃんも私とあんな別れ方をしたから。
また明日学校で、こんにちはーみたいなことになったら私も気まずい。
けど。あのスリッパは美結ちゃんに返さないといけないし……。
私も、私の学校の靴を返してもらわないといけないし……。
切っても切り離せない関係とは、こういうことを示すのだろうか。
……なんも分からん。
『まぁ。そのことは、明日でいっかー』
そういうテキトーおぶテキトーな返しをして、私はゴロンとベッドを転がる。
仰向けで、天井に向けてスマホを掲げていたのを。
今度は横になって、スマホもまた横にする。
うん。こっちの体勢の方が楽かも。
『急に話は変わりますが、今日は何の日か分かっていますか?』
『え? なになに? 今日は、九月の二十日だけど。……なんだっけ?』
『分からないならもーいいです。じゃあ、また明日』
『え、なになに!』
と、ここで心音からの返信は途絶えてしまった。
『おーい! 心音ちゃーん!』
『ややややややーーー!』
『お手洗いなうですか?』
やっぱり返事は来ません。
寝ちゃったのかなと、そう思いながら。
私はネットを開いて、九月二十日に何があるのか確認してみた。
「えっとー。九月二十日の頃? あ、これ関係ないやつだ」
古典で習った訳分からんやつが出てきたので、そっとそのページを閉じる。
ちゃんと『九月二十日 何の日』と検索をかけてみる。
バスの日……空の日……お手玉の日。
なるほど?
心音は、私とバスに乗って、飛行機に乗って、お手玉をしたいってこと?
なんだそれ。全然なるほどじゃないぞ。
うーん。これは根本的に間違ってるような気がする。
そうやって頭を悩ませて、悩ませて。
ふと、一つの可能性が私の脳をかすめた。
その可能性は確信へと変わる。
心音は、こういうことを気にするタイプだと理解をしていたから。
思いついたそれを、私はラインに打ち込んだ。
『分かった! 心音と出会って一週間ですね⁉︎』
『はい。よくできました。偉いです』
返信はやっ。
ずっと待機していたことを思うと可愛い。
けど、同時に、これが答えられなかったらどうなっていたんだろうという恐怖も、少しばかりその中には存在していた。
『一週間かー。いや、波乱万丈すぎませんか? 心音と出会ってから。……私、出会う前まで呑気に生活をしていたんですけど』
『それは私の台詞でもあります。それに、前も言ったけど、私が伊奈さんと出会ったのは結構前なんですよ! だからこれは、「伊奈さんが私のことを認識してからの一週間」です!』
『はい。すみませんでした』
『ん。よろしいでしょう。私はそろそろ寝ます。今日は疲れました』
『そっか。私も疲れたかも。今日は寝ようかな』
『はい。一緒に寝ましょう』
『じゃあ。おやすみなさい』
『はい。おやすみなさい。また、明日』
「おやすみ」のスタンプを送り、返信がこないことを確認してから、私は電源を切る。
それを枕横に置く。
……私が認識してからの一週間か。
学校の女神という存在として、結構前から認識はしていたつもりだけどな。
……心音にとったら、そういうことなのだろう。
明後日の土曜日は初めてキスしてからの一週間記念日とかになるのかな。
だとしたら、結構記念日が多くなりそうなものだった。
来週の木曜とかも『私が認識してから二週間』記念日とかになりそう。
再来週の木曜は『私が認識してから三週間』記念日。
その次は──。その次は──。その次は──。
なんだこれ。キリないな。
そういえば、私が心音と付き合うのはいつになるんだろうか。
いや、私が付き合いたいって言えばそこで済む話なんだけど。
……って、いつの間にか、私。心音のこと好き好き星人になってないか。
いや、実際好き好きなんだけどね? こうね。色々ね。なんだろうね。
何も分からないね。
人間という存在は難しい。人間は哲学で構成されている気がする。
だって、わからないこと多いもん。……これこそが哲学?
そうなると、哲学自体がそもそも哲学的だ。……という矛盾を提唱してみる。
……うーん。何もわからない。
まぁ。分からないから面白味があるのかな?
結局何も、分からない。




