また、いつか
「伊奈ちゃん。今日はありがとう。なんだか、すっきりした」
校門を出て、帰路に就く。
横を歩く美結ちゃんの声が、耳に届く。
「どういたしまして、なのかな?」
「うん」
美結ちゃんは、寂しそうに頷く。
何か考え事でもしているのだろうか。
「美結ちゃんは、これからどうするの? 転校したんだよね」
「うん。……まぁ、どうしようかな」
「どうしようかね」
「……警察に自首とかかな?」
唐突に飛び出た訳のわからない言葉に、私は思わず足を止めて聞き返す。
「いや、なんで! 何したの!」
「んー。あれよ。盗聴器のやつ」
あ。
納得をしてしまった。
盗聴器って、多分犯罪行為だ。
そうだと分かっているけど。
美結ちゃんがいなくなってしまうのは悲しいものがあって。
どうしてもそれを受け入れたくない気持ちもあった。
だから。聞き返してみる。
「え、本気?」
「うん。……そういえば、勘違いされやすいことがあって。盗聴器って市販のものじゃ、別に法に触れないんだよ。響きだけで犯罪だと勘違いしている人が多い」
「あ。なーんだ。じゃあ、美結ちゃんは大丈夫なんだ」
「私は法に触れるやつ使った。確か、電波法ってやつ」
「なんでよ! どこで買ったの?」
「ネットの危なそうなとこ。クレカ番号入れて買ったんだけど、よく詐欺られなかったなって今では思う」
「……え、警察にいくの? 明日とかに?」
「いや。それは流石に親不孝すぎるから。……まぁ、私が独り立ちして。んで、お金を一人で稼げるようになって。自首して、罰金を自分の金で払って。って感じ。電波法ってめっちゃ重いってわけじゃないらしいからさ。……それでも、親不孝には変わりはないんだけど」
「……そっか。でも。前科持ちって、その後が結構不利なんじゃないの?」
「あー確かに。じゃあ、ユーチューバーにでもなろっかな」
美結ちゃんは、可笑しそうに笑った。
「今時だね。けど、それは今時であって、数年後にどうなってるかは分かんない」
「伊奈ちゃん、私が本気でユーチューバー目指してると思ったの?」
また、くすくすと笑われる。
美結ちゃんは、重い話の途中なのに、結構楽しそうだった。
「うん。……その、ごめん。美結ちゃん。色々と」
「うわっ。絶対言われると思った。ごめんって。……まぁ、正直言うと、私も伊奈ちゃんのせいにしていた時期があったけど。……今、冷静になって考えてみると、伊奈ちゃんに悪いところなんてひとつもないよ。本当に」
「そうなのかな?」
「そうだよ。……あ、そういえば、盗聴器持っていない?」
その言葉に、私は「あ」と零して、ポケットを探りそれを取り出す。
道の端っこに立ち止まってこんなことをやっているのは、完全に怪しい取引に見られてしまう気がしてならない。
「これね。はい、どうぞ」
「どうもどうも。……私も相当馬鹿だったよ。この盗聴器で、伊奈ちゃんとあの女の関係を探ろうとしたなんてさ。あの時の思考がどうなっていたのか、思い出そうとしても、全然思い出せないや。家に帰ったらハンマーで割る。受信機の方もね」
「うん」
「……はぁ。伊奈ちゃん。そんな悲しそうな顔をしないで欲しい。……なんか、ちょっと腹たつ。つーか、立ち止まってないで、はよ歩くよ! 家帰らんと」
手をワシャワシャと振って、私に歩くことを促してくる。
促されるままに、私は一歩一歩と、前に歩く。
美結ちゃんに指摘された通りに、私は少し明るく話しかける。
「正直だねー。……うん。……少なくとも、美結ちゃんは、明るい道を選んだんだ。私が暗い顔していたら、失礼だよね」
「そうだよ。私は、これで満足してるの」
美結ちゃんは、首を大きく一回縦に振った。
けど、私は、それがどうしても自分に言い聞かせているように見えてしまって。
「……本当に?」
思わず、そう問うていた。
「…………」
美結ちゃんはその場で足を止めた。
周りを見て、すぐそこが美結ちゃんの家だということに気付く。
「なんで、そんなこと聞くの?」
美結ちゃんから、寂しそうな声。
その声は、微かに震えていると、私の耳が理解する。
「なんでって……」
私が濁して。
次の言葉を考えている途中に。美結ちゃんが割り込んできた。
「満足なわけない。だって、私の好きな伊奈ちゃんが、他の女に取られたから! それが、私にとって一番の不満足。というか、それしか、不満足なものがない」
口が動かなかった。
息がつまる。
やっぱり。私も結構悪い。
「あーもう! いいや! これ以上、伊奈ちゃんに迷惑をかけたくないし! 私、もう帰るから!」
吹っ切れるかのように、そう言い放った彼女は。
私を置いて、家の前まで駆けて行った。
私は、動けないままで、ただその姿を眺めて。
けれど、家の敷地に入ろうとする、その直前で立ち止まって。
私の方を、勢い良すぎるくらいに振り返った。
彼女の涙が宙を舞う。
「今までありがとう! 大好き、だったよ。……いや、大好き!」
笑った泣き顔で。弾けるように。
そしてすぐに、家の方へと消えていった。
数分。その場で立ち惚けて。
影送り的にそこに残った彼女の残像を。私は、暫く眺めていた。
少しだけ、後悔をしてしまう。
後悔ほどに、やって無駄なことはないと思う。
それを分かっているはずなのに、どうしてもそれをしてしまうのだ。
それが、人間の性でもある。
もし、あの時ああしていたら。ああしていなかったら。
「もし」という二文字。これはとても虚しいものだ。
理解しているのに、考えてしまう。
「難しいな」
漸く出た、言葉。漸く動いた、私の足。
美結ちゃんの家を一瞥。
なんとも言えない何かが、そこには存在している。
無心で歩いて、意味も無く空を仰ぐ。
その夜空には、何も映っていない。
そういえば。明日は雨が降るらしい。




