アンベール侯爵家の神童 後編
クリール歴291年の戦闘実習は人間世界滅亡の危機を回避するための戦いだった。カリーヌも元竜王国の人間としてできうる限り戦ったつもりだが、恐ろしいことに自分の魔法はアルコーンと呼ばれる最上位魔神種にはまったく通じなかった。
火星のアルコーンの名はアスタファイオスと言い、人の心に怒りや暴力、闘争心を植え付けるという。
だがカリーヌはこれまでの人生において、怒りも闘争心も抱いたことはなかった。ただ悲しい時や寂しい時には王都上空にあがり、夕日の沈む海をひとりで眺めることで慰めることだけしている。
しかしそれは自分が無力で、己の手で何をつかむこともできない無能だったからだ。空の上に引きこもり現実逃避することしかできなかった子供時代の自分とは違う。
そう思うまま自分の放てる最も強い炎の魔法は、火星のアスタファイオスの肌を少しも傷つけられない。防具どころか衣類すらまとわず、心もとない布で下半身を隠すだけの破廉恥なその姿はきっとその強靭さを表現するためのものなのだろう。そんな相手はどんな爆発魔法も雷撃も受け付けずカリーヌに近づいて来る。そんな相手から肩をしたたかに殴られたカリーヌは、足が地面から浮いたかと思えば地面へしたたかに打ち付けられた。
後方で妹の声が聞こえるが、全身を包む痛みでうまく聞き取れない。そんな合間にアスタファイオスに足をつかまれ引きずられる。
強気な女は良い苗床になるだの、この報奨は面白くなりそうだのとひとりで話しながらアスタファイオスは森の中へカリーヌを引きずっていた。
そんなカリーヌを助けてくれたのは、緑の魔力剣を手にしたリッドだった。その瞬間に頭を支配したのは喜びではなく、足手まといという言葉だけだ。役立たずだとリッドに思われてはいけない。必要ない子だと思われたくない。そのためなら勝てない相手と戦って死んだほうがマシだ。
そう思っていたカリーヌの思考を止めたのもリッドだった。カリーヌ自身よりもずっと戦場を知るリッドは、こんな時でもいつもと変わらず優しく冷静でいる。そんなリッドへの好意と敬意は、厳しい戦場だからこそより一層強まっていた。
ただその後のカリーヌは、他の騎士たちと同様に後方へ下げられてアルコーンの対応は一部の騎士に任されることになる。そうしてカリーヌにとって初めての戦場は幕を閉じるが、先輩がた曰くいつもこんな感じになるらしい。
ただの魔物であれば一般の騎士にも対応可能だが、より強い相手になると十将軍を中心とした魔法武具を持つ騎士が対応することになる。そして緑の魔力剣を持つリッドもそこに含まれた。
だから帝国騎士たちは魔法武具を求めるし、帝国王都では商業ギルドが力持っている。そして彼らは持ちうる資金と人脈を使い、世界各国から魔法武具をかき集めるのだ。すべては今回のような敵から人類を守るために。
騎士になって四年目となり、王城内での仕事は順調で毎日がとても充実していた。第一部団精鋭部隊は戦力も頭脳も両方を必要とするから、カリーヌの高い魔力と学力は頼りになると先輩がたにも言ってもらっている。
だが今年初めて戦場に立ってカリーヌは理解してしまった。魔力が高いだけでは意味はない。竜王国貴族は魔力至上主義の意識が強いが、それはそれぞれの家が持つ魔法武具を扱うために必要とされていた。だが魔法武具を扱う魔力があるだけではダメなのだ。
リッドが強いのは魔力剣を持っているわけではない。彼はきっとアルコールなる存在を知識として知っている。だから火星のアスタファイオスを相手に単独で対応できた。さらに彼は空のずっと上の空気がとても冷たいことを知っている。
古代語でダウンバーストと呼ばれる局地的下降気流のことは、カリーヌも子供の頃に書物で読み知っていた。竜王国王都は山肌に沿って作られているが、その風は不安定でたまにそのような現象が起きると。
そしてリッドはそんな竜騎士向けの知識も知っていて、あの戦いの中で森の広範囲を凍らせるほどの気流を作り上げた。それは魔力剣を持っているだけでできることではない。
知識も冷静さも、戦場での経験も何もかもがカリーヌとは違う。つまりカリーヌがどう努力しても、リッドの役に立つなど無理な話なのだ。
あの戦場で、「お茶が冷めるまでに片付ける」なんて軽口が言えるリッドの冷静さが好きな反面で羨ましい。
実際に戦場では後片付けまであるので、戦いが終わってすぐにお茶なんてことはできない。
それでも後片付けの時に出会った彼の平然とした様子が凛々しくて、好きなのにああなりたいと思えてしまう。
聖騎士団の方から神聖魔法で傷を癒してもらい、全身のあざは消えたが、同時に手荒れまで消えてしまった。それだけで令嬢に戻れるわけではないのに、騎士として生きた証が薄れたようでせつない。
そうして離宮でボロボロの騎士団服を脱いで汚れを落としても、リッドのためにお茶を淹れるタイミングがわからない。竜王国ではマリーヌ宮と呼ばれるブレストン公爵家別邸はあまりにも広大で、男性騎士と女性騎士の使用する区画は建物から違っていた。そして100人の騎士が収容できるというこの邸宅の中で、リッドが使っている部屋の位置も彼の居場所もわからない。
広大な邸宅内を彷徨い歩いていたカリーヌは、広いホールのガラス戸を開けて中庭を見ようとした。そこで背後からあふれ出るように流れた風がカリーヌの背中を押す。半歩外へ出たカリーヌは、湿り気のある海風とは違う風に背を押されて歩き出した。
竜王国王都は気流の関係で基本的に北風が吹きつける。正確には西から流れてきた気流が、竜王国の北で大陸風と呼ばれるものとぶつかり方向を変え竜王国へ流れてくるらしい。
だというのにカリーヌの背後から流れる風は南から吹き付け、追い風のようにカリーヌの湿ったままの髪を揺らした。だが邸宅に隣接した砂浜でリッドを見つけたカリーヌは、その風が誰のものなのか理解する。
リッドの保護者だという緑の魔力剣は、清楚で冷静な女性だがとても優しい方なのだ。
「リッド様!」
名前を呼んだところで広い背中が驚いたように震える。そのため何か邪魔をしてしまっただろうかと案じながら、一定の距離を保ち立ち止まった。そんなカリーヌに振り向いたリッドは「お疲れ」といつもの笑顔で告げてくれる。ただそれだけでカリーヌの中にあった悔恨も猛省も何もかもが、リッドへの好意で埋め尽くされた。
「お疲れ様です。こちらで……ご休憩中でしたか?」
「いや、いまウィルタさんに広範囲で索敵してもらって、次元の穴とか魔物がないか確認してたとこ。アルコーンを始末したことで次元の穴を作る存在もいなくなったから大丈夫だと思うけど、夜間の急襲なんてされたら困るからね」
「それは……そうですね」
先程リッドを捜し歩いていた時に男性騎士の区画では大勢の騎士たちが広い遊技場で娯楽を楽しんでいた。きっと将軍たちはそこにはいないだろうし、カリーヌの上司である第一部団長は今でも仕事をしている。
けれどリッドは肩書のない近衛騎士であるはずなのに、娯楽には興じず今でも警戒を怠らない。
「リッド様は、魔力剣をお持ちだから十将軍の方々に準じたお仕事を与えられている、ということですか?」
「十将軍もそうだけど、みんなそれぞれ得意なことをしてるだけだよ。オレのウィルタさんは風が流れるところならどこでも見られるから、それで索敵をお願いしてるだけ」
「それで皆様が休まれている時もお仕事を」
「働いてるのはウィルタさんだけどね。それよりカヌちゃんこそ砂浜までお散歩?」
「いいいいえ、ええっと、風が吹いたので?」
リッドを探していたなどと言えないカリーヌは誤魔化すように返す。するとリッドがなるほどど笑った。
「じゃあ、探してくれた礼にオレがお茶を淹れると言いたいところだけど……夜にオレみたいな男とふたりきりは、お茶だけでも危険な気がするね」
「危険なのです?」
魔物はもういないと確認を終えたのに。そう思うまま首を傾げたカリーヌだが、少しの間を開けて真意に気づいて顔を真っ赤に染めた。
「カヌレを、お付けして、ふたりきりは……嫌ではございませんが、いろいろと」
「ねえ、カヌちゃん」
月明りと波の音しかない空間で、リッドは優しい笑顔のまま名前を呼ぶ。そのためカリーヌは赤い顔のまま自然と己を恥じた。いつも自分ひとりで盛り上がり感情に振り回されているが、これは令嬢として恥ずべきことだ。
「今日オレ、火星のアスタファイオスと戦ったじゃない?」
「はい。倒した方法も第三部団長様から教えていただきました。あっ、お怪我などが?」
「そうじゃないけど、火星のアルコーンは人に怒りだのなんだの植え付けるらしいじゃない? でもあれさ、そういうこと以外のものも人間に与えてくるんだってじわじわ理解してるっていうか」
「精神汚染ですか?」
「もっと酷い。オレね、アイツがカヌちゃんに触ったのが許せなさ過ぎてイラついてた」
「はっ…………え?」
リッドがいつもと変わらない笑顔でさらりと言い放ったその言葉が、うまく頭の中で処理できない。
「いや、元々好きではあったんだよ。でも今までは第一部団に守ってもらってたから余裕あったんだよね。帝国騎士団の大多数が君に好意を抱いていて、第一部団に咲く高嶺の花とか呼ばれていても。第一部団に行って、差し入れを君にあげて君とお茶を飲めるのはオレだけだったし」
「いえいえいえいえいえあれはリッド様はお仕事で来られていて、特権的なものではなくて」
「近衛騎士団長に頼んで、第一部団に持ってく書類全部オレに回してもらってるから私情しかないよ。だけどそれじゃあ駄目なんだよね。戦場に出たら敵だって男なんだから、カヌちゃんに惚れることだって普通にあるし」
「あのアルコーンはそういうことでは」
「でもオレは、あの場で確実に嫉妬してたんだよ。結果として森を広範囲を凍らせて木々を死滅させたのは反省してないけど、遠征先での任務に感情を持ち込んではいけない。だからね、カヌちゃん」
そう言いながら手をつかまれ持ち上げられたカリーヌは、赤面する以外に何もできなかった。自分がリッドに好かれているなど、今までまったく考えたこともなかった。だから今の状況も昼間の敵が見せた都合のいい夢なのではと思えてしまう。
「オレは別任務でしばらく竜王国にいるんだけど、その間に知らない人について行っては駄目だよ」
「わたくしはどなたかに誘われるような人間ではありませんが、リッド様はこちらに残られるのですね? 何日ほどでお戻りになられるのでしょうか」
「夏までここにいるから、次に会えるのはカヌちゃんが卒業レセプション任務でこっちに来る時になるよ」
「そんっ」
そんなに長い期間会えないなんて。そう言いかけたところで口を引き結ぶ、するとリッドはうなずきながら笑った。
「そうなんだよ。そんな長い間会えないから、知らない男に口説かれてもついていかないでほしい」
「くくくくくどかれるなんてことはありませんし、ついていくこともありません。そもそも女性を軽率に誘うような殿方は、紳士としていかがなものかと思いますし。それ以前にわたくしは竜王国にいた頃も今も殿方からそのような意図をもって話しかけられるようなことはないのです。本当ですよ」
「わかるよ。きっと竜王国にいた時から高嶺の花として大事に愛されてきたんだろうなってことは」
「あい、されてはないです、が」
「オレは君のことを世界で一番幸せにしたいと思う程度に愛してるよ」
「それはわたくしも」
リッドがいつ自分などを好いてくれたのかわからない。それでも自分のほうがずっと先にリッドのことを好きになった自信はある。だからと返そうしたところで、手を持ち上げられ指の背を口づけられた。
もちろんその口づけが、竜王国でどんな意味を持っているか、なんでも知ってるリッドが知らないわけがない。婚姻を結ぶ際に指輪をはめる場所への口づけは、婚約した者がその相手にするものだから。
「リッド様……」
「オレはカヌちゃんを幸せにしたいけど、オレと結婚するってことは、必要のない苦労を背負わせることになることにもなる。それでもいい?」
「リッド様のおそばにいられないこと以外につらいことはございません」
「うん、そう言う気がしてた。でも本当に多大な苦労をかけてしまうことになるから、オレはオレのこの判断を正しいと思う自信がないんです。もしかしたらアスタファイオスに今も煽られてるのかもしれないし」
「わたくしが努力することでリッド様のお役に立てるのであれば、それはなんら問題のない話です」
「でもカヌちゃんが帰国したら教育が始まるんだよ。だってグレイロード帝国内にあるすべての属国に関する歴史や情報を頭に入れなければならないから」
リッドから向けられたのは、カリーヌにとっては喜ばしい苦労だった。竜王国にいた頃は望むまま海の向こうの国々のことを調べたりしていた。そんな自分の知識欲が、今度はリッドの役に立てるかもしれないのだ。
そのためカリーヌは告白され浮かれた思いのまま微笑んで返した。
「お勉強は得意ですから、どうかお任せくださいませ」
かくして竜王国遠征を終えて帰国したカリーヌは、第一部団の騎士として通常の職務に戻ることとなる。しかし生活や仕事が元に戻っても、リッドがいないという事実がカリーヌの心を日常に戻してくれなかった。
それでも帝国騎士団の管理統括を行っている第一部団には日々多くの書類が届けられる。修練で使う備品の申請や、負傷者の給金補助手続きなど。様々な書類を仕分けするのは新人の役目で、カリーヌも三年前までそれをやっていた。だが現在は騎士団施設の備品管理などを担当している。そんな忙しい仕事に気を紛らわせ、昼や夜は妹や他の部団の女性騎士たちと時を過ごして心の中にある苦みから目を背けていた。
そうして三日が経った頃、第一部団に騎士でも女官でもない人物が現れた。白いドレスがよく似合う清楚で可憐な女性は淡い金色の髪と、明るい赤色の瞳を持つ。きめ細かい白い肌に桃色の唇が愛らしいその女性は、まず第一部団長へ挨拶をしていた。
その様子を呆然と眺めていると、第一部団長がカリーヌを呼ぶ。
そのためカリーヌは反射的に、書類を机に置いて立ち上がり第一部団長の元へ駆け寄った。だがそこで自分の所作に気品も優雅さもないことに気づいて女性に詫びる。竜王国では令嬢が人前で走ることなどありえないことだからだ。そんなことをしては年上の貴婦人から叱責されてしまう。
しかしその女性は淡い青の瞳を細めて微笑むだけだった。怒った様子もなく、むしろ自分もよく走ってしまうのと言ってくれる。
「申し遅れました、わたくしはモニカ・ヒレータスと申します。カリーヌ様、少しだけお時間をいただいてよろしいですか?」
まだ職務中だが、この場合はどうしたらいいのか。モニカと名乗った女性の言葉に答えを迷い第一部団長を見ると、問題ないとうなずかれた。
「こちらで仕事を回しておく、それよりもシェーナ様をお待たせするほうが問題だ」
「シェーナ様………と、いいますと……国王陛下の姉君であられる……」
なぜそのようなお方が自分ごときを待っているのか。戸惑いと疑問はあったが、お待たせするほうが罪深いと考えたカリーヌはすぐさま第一部団長へ離席しますと告げて動き出した。
かくしてモニカとともに執務室を出たカリーヌは、まず出産祝いのお礼を言われる。そこでカリーヌはかつてリッドに頼まれ刺しゅうした時のことを思い出した。
しかしそれについて会話している間もなく、階段をあがり王城四階へと向かう。そうして公爵家しか使うことが許されないとされる特別応接室の扉をモニカが叩けば、女官が中から扉を開けてくれた。
特別応接室の手前にこじんまりとした前室があるため、そこでカリーヌは襟元を整える。帝国王都クレリスは大陸中央部にあり、夏もさほど暑くならないため夏用の騎士団服なら詰襟でも見苦しくならない。むしろ竜王国では真夏でもコルセットをまとっていたので、そのほうがつらかった。
前室で身だしなみを整えたカリーヌは、モニカに促されてソファに座る女性の前に進み出る。長い黒髪を三つ編みに結った女性は深い闇色の瞳を持っていた。竜王国ではあまり見ない色だが、この国では貴族でも黒髪が多い。
だが彼女が座るソファの横合いで、一人掛けソファに腰かけクッキーを食べる少年のことはカリーヌも知っていた。昨年の戦闘実習の後、王都で大量に焼き菓子を購入して軍艦船に持ち込んだ男の子だ。
モニカがカリーヌを連れてきたことを報告して、女性がシェーナであることを名乗る。そうしてカリーヌも改めて挨拶をするのだが、面識のある少年の存在がいることで少しだけ心持が楽になっていた。
「ねえねえ、リッドさんがやっとその気になってくれたのは喜ばしいんだけど、そもそもカリーヌさんは何も知らないんじゃない? きっとリッドさんのことをただの近衛騎士って思ってるよ」
長いまつげをしばたかせた愛らしい少年ミシェルは、そう言いながら焼き菓子をひとつ手にした。ただそんな彼の言葉に、カリーヌは否定したい気持ちでいっぱいになる。
リッドはだの近衛騎士ではなく、聡明で優しく、何より魔力剣を手にしてアルコーンを倒すほどの近衛騎士なのだから。
そしてそんなカリーヌの心を読んだように、ミシェルが苦笑する。
「うん、ごめんね。リッドさんは凄い人だよ。だけどカリーヌさん、去年も軍艦船でリッドさんのことは話してたけど、騎士としてのリッドさんのことしか話してなかったでしょう? だからぼくも母に相変わらず隠したがりみたいって報告してたんだ。とはいえ昨年の母は妊娠中で郊外にある本家の屋敷で伏せりがちだったんだけど」
だから放任してたんだよとミシェルは言うが、リッドのことをシェーナに報告する流れがわからない。
「リッド様はもしやディラン公爵家に連なる方なのですか?」
「そのリッドさんは、16歳でディラン公になってからずっと帝国淑女の憧れの人だったんだよ。本人は宮廷怖いあそこには魔物しかいないって怖がるだけの人だけど。でも跡取りはいらないにしても、さすがに結婚しろって陛下にまで言われてたんだよ。でもそんな陛下も知らないところで、竜王国最高の令嬢と呼ばれてた人を囲ってたからびっくりだよ」
「公……ええ、まず、わたくしは囲われておりません。リッド様はとても紳士的な方で、普段は、騎士団内で職務の時にしかお会いしておりません。お菓子の差し入れはいただきますが、それもいつも妹の分もくださいますし…」
「知ってる! あのカヌレはずるい! だってあれ、テイリュンスのお菓子で、王都にはないんだよ。ぼくがリッドさんにどこで売ってるの? って聞いたら売ってないんだって。アレ、本家の菓子職人に調理方法指示して食材集めて特別に作らせてるからぼくの手に届かないんだよ! ディラン公爵が財力と権力を使ってテイリュンスから調理法を聞き出して食材集めてって、そこまでぼくもされたいよ!」
ミシェルの熱弁にモニカがくすくすと笑っている。しかしシェーナは呆れた顔でレシピをもらえば良いと切り捨てた。
「話がそれましたが、ディラン公爵家は帝国六大公のひとつ。そしてこのガイアイリス大陸に広く流通網を持つ家でもありますから、大陸内のすべての地理、国家の情報、歴史や文化など知らなければなりません。特にあなたは『竜王国最高の令嬢』という触れ込みで宮廷に行くことになりますから、知識面で他者の後れを取るわけにはいきません。わかりますね」
白磁の肌と黒い瞳のシェーナは落ち着いた知的な雰囲気と口調で話す。そのため自然とカリーヌも背筋が伸びていた。
「知識を得ることは大好きですので、そこはお任せください」
幼い頃は女が知識を得ても無駄だと言われていた。なぜなら女は『神童』にはなれないから。しかしこの国では女でも知識を得ることが許される。そしてそれがリッドのためになるなら、どれだけでも努力したいと思えた。
ただリッドが苦労をかけると危惧していたが、やはりそんなことはない。何より知的で素晴らしいシェーナという目標にできる女性と出会え、これから彼女から様々な教えを得られるというのだ。
きっと自分にとってこれ以上の幸せはない。カリーヌは心の底からそう思えた。




