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第7話 スレ進行速度がマッハ

 翌朝。結局ほとんど一睡もできないまま、俺はどんよりと重い頭を抱えて朝を迎えた。


「……死ぬ……。前世のサーバー障害対応明けより胃が痛い……」


 胃薬を水で流し込み、恐る恐る作業デスクのモニターを点灯させる。

 画面に映し出されたネット掲示板の配信者板を開いた瞬間、俺はあまりの勢いに言葉を失った。


 スレッド一覧の最上位。そこに掲げられていた数字は――。


『【朗報】天音りりかのママ(Shiro)、清楚系美少女ボイスなのに中身が酒飲みのおっさんで無事リスナー全員の脳が破壊される ★12』


「……じゅう、に……!? 一晩で七スレも消費したのか!?」


 尋常ではない加速力だ。もはや新幹線の速度を超えてリニアモーターカーの域に達している。

 震える指先でマウスをクリックし、ログをスクロールしていった。


1: 名無し 昨夜の液タブ反射事故により、全国数万人のリスナーの脳が完全に蒸発した本スレです


2: 名無し スレ進行速度がマッハすぎて草。朝起きたら★12とか何事だよ


3: 名無し あのクリップ見たか? コンマ数秒の反射だったのに、コマ送りしたらガチの超絶美少女の横顔だったんだが


4: 名無し 黒髪ロング、色白陶器肌、儚げタレ目……完全に全人類の癖を詰め込んだ奇跡の造形だったぞ


5: 名無し 「声は美少女、中身は酒飲みのおっさん、実は顔も超絶美少女でした」←ラノベの主人公でも盛りすぎで怒られる設定


(盛りすぎじゃなくて現実なんだよ! あと中身がおっさんなのは紛れもない事実なんだよ!)

 画面に向かって頭を抱えながらツッコミを入れる。だが、レスの流れは俺の予想と少し違う方向へ向かっていた。


6: 名無し ところで特定とかは進んでるんか?


7: 名無し いや、部屋のシーリングライトと液タブのベゼルしか映ってないから特定は完全に不可能。壁紙すら判別つかん


8: 名無し よし特定班は解散だな。ママのプライベートを暴こうとする奴は俺たちが許さん


9: 名無し それな。むしろShiroママの防犯意識が低すぎて心配になってきたわ


10: 名無し カメラの角度が真上すぎるんだよ。手元映すならもっと斜め手前から俯瞰で撮れ


11: 名無し 液タブにアンチグレアフィルム貼れ。光沢ガラス剥き出しで作業するな


12: 名無し 部屋の照明を直下じゃなくて間接照明にしろ。反射防止の基本だぞ


13: 名無し 過保護なのはママだけじゃなくてリスナー側もだった件について


「…………」


 俺は思わずポカンとしてしまった。

 炎上して住所や個人情報を特定される恐怖に怯えていたというのに、そこに並んでいたのはオタクたちによる親切すぎる防犯指導と機材アドバイスだったのだ。


「……受ける側、全員優しすぎだろ……」


 拍子抜けして脱力していると、スマートフォンにXの通知が届いた。

 りりかからのDMだ。


『ママ! 昨日のことは気にしなくていいからね! 無理して顔出しなんて絶対しなくていいから! ママの声とお絵描きがあれば、私もりすなーも一生幸せに生きられるからね!!』


 画面越しに伝わってくる、娘の必死な気遣いと特大の愛。

 胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じながら、俺はキーボードに指を置き、Xに公式声明のポストを投稿した。


『昨夜の手元配信ではお見苦しい機材トラブルがあり申し訳ありませんでした。画面に反射していたのは部屋のポスター等の影であり、他意はございません。今後も顔出し等の予定は一切ございませんので、どうか静かに作品を見守っていただけますと幸いです。Shiro』


 送信ボタンを押すと、秒速でリプライが殺到した。


『ポスターで押し通すの無理がありすぎて可愛い』

『了解した! ポスターの影だな!(全力で合わせるオタクの鑑)』

『顔出しなんてしなくていいぞ! ママのペースで絵を描いてくれ!』

『ゆっくり休んでください!』


「……ふぅ」


 長い息を吐き出し、俺はスマートフォンをデスクの上に置いた。

 騒動はひとまず沈静化に向かっている。ネットの住人たちもりりかも、俺の「裏方でありたい」という意思を尊重してくれようとしている。


 なら――俺がやるべきことは、もう決まっている。


 液タブに予備の低反射アンチグレアフィルムを丁寧に貼り直し、デスクライトの角度を反射しない位置へと微調整する。

 そして、トリプルモニターの中央に、描きかけの新衣装キャンバスを表示させた。


「顔がどうとか、声がどうとか……そんなことはどうでもいい」


 右手にスタイラスペンを握りしめる。

 前世で培った構造力と、現世の神絵師としての画力。そのすべてを注ぎ込むべき対象は、目の前の画面にあるのだ。


「俺は絵師だ。娘のために、最高の絵を届けるのが本業なんだよ」


 カサ、とペン先がフィルムに触れた。

 迷いを振り払った俺の指先が、再び神域のラインを紡ぎ出し始める。

 新衣装の完成に向け、職人の本気の夜が始まろうとしていた。


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