↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/13

第6話 液タブに映ったのは

 グラフィックボードのエラーにより、液晶ペンタブレットの画面が暗転した。

 バックライトがふっと消え失せ、二十七インチの液晶画面は、光沢のある暗黒の鏡へと姿を変えた。


 部屋のシーリングライトの光が、黒いガラス面に強く反射する。

 そして――真上からデスクを捉えていた手元カメラの映像に、信じられないものが映り込んだ。


 画面の不調に驚き、身を乗り出した俺の横顔だ。


 少し乱れた艶やかな黒髪が、華奢な肩口にこぼれ落ちている。

 色素の薄い透き通るような白肌に、儚げに伏せられた長い睫毛。少し眠たげなタレ目が、突然の暗転に丸く見開かれていた。

 どこをどう切り取っても、二次元のイラストからそのまま抜け出してきたかのような、超絶可憐な美少女の素顔だった。


 時間にして、ほんのコンマ数秒。一瞬の出来事。

 だが、二万人以上のリスナーが見つめる生配信の画面に、それはあまりにも鮮明に焼き付いた。


「っ……!?」


 次の瞬間、前世の限界社畜時代に叩き込まれた危機管理の反射神経が、火花を散らして起動した。

 俺は考えるよりも先に腕を伸ばし、デスクに固定されたWebカメラのUSBケーブルを、力任せに引っこ抜いた。


 バツンッ!


 手元カメラの映像が砂嵐となって消滅する。

 心臓が早鐘のように激しく鳴り響き、喉の奥がカラカラに干からびていた。


「……っ、あー……ごめんみんな。ちょっと、パソコンの調子が悪くて……カメラの接続が切れちゃったみたい」


 震えそうになる喉を必死に締め上げ、いつものダウナーな美少女ボイスを取り繕う。

 だが、コメント欄はすでに尋常ではない速度でスクロールを始めていた。


『!?!?!?!?』

『今なんか映った!?』

『え、ちょっと待って』

『反射に誰か映らなかったか!?』

『黒髪の美少女がいたぞ!?』

『待って待って今の何!?!?』


「き、今日はキリもいいし! 配信はここまでにします! みんな遅くまで見てくれてありがとう、お疲れ様でした!」


 リスナーの反応を待つ余裕など欠片もなかった。

 俺は震える手でマウスを掴み、配信ソフトの『配信終了』ボタンを力任せに叩きつけた。


 プツン、と配信が切れる。

 静寂に包まれた作業部屋。

 俺はゲーミングチェアに崩れ落ち、だぼだぼのパーカーのフードを目深に被って頭を抱えた。


「……終わった……。完全に終わった……。映ったよな……? 一瞬だけど、絶対映ったよな……!?」


 冷や汗が背筋を伝い落ちる。

 裏方としてひっそり生き、娘を愛でながら神絵師としてマイペースに暮らす――そのささやかな野望が、音を立てて崩壊していく音が聞こえた。


 その時だった。


『ポロロン! ポロロン! ポロロン!』


 静まり返った部屋に、けたたましい着信音が鳴り響いた。

 デスクの上のサブモニターに表示された通話相手の名は、言わずもがな『天音りりか』である。


「うわ……りりか……!」


 居留守を使おうか一瞬迷ったが、出なければ部屋まで乗り込んで来かねない勢いだ。

 意を決して通話ボタンを押した瞬間、スピーカーから鼓膜を破壊せんばかりの絶叫が飛び込んできた。


『ママーーーーーッッッ!?!?!?』


「痛い痛い痛い! 鼓膜が破れる! 音量下げろりりか!」


『下げられるわけないでしょおおおお!! ママ、今の!? 液タブに映ったの何!? 超絶美少女がいたんだけど!? あれママなの!? ねぇママなんでしょ!?』


「な、何のことかわからないな……。ただの光の反射だよ。部屋のポスターが映り込んだだけ」


『嘘だああああ! 黒髪ロングで色白で儚げで、めちゃくちゃ可愛い女の子だったもん! ポスターがあんなに立体的に動くわけないでしょ!』


「いや、最新のホログラムポスターで……」


『言い訳が苦しすぎる!! ママあんなに可愛かったの!? 世界が終わりかけたよ!? どうしよう、私のママが可愛すぎて息ができない……!』


 受話器の向こうで、りりかが興奮のあまり過呼吸になりかけている。

 前世の記憶が融合して以降、散々おっさんムーブを晒してきたというのに、見た目の破壊力だけで娘の脳が完全にバグっていた。


『ママ……これ、もうどうしたらいいの!? 全国民に「私のママは世界一可愛い」って自慢したいのに、他の誰にも見せたくないよ……独占したいよママァ……!』


「落ち着け! 深呼吸しろ! 吸ってー、吐いてー!」


 娘を宥めすかすのに三十分以上を費やし、ようやく通話を終えた頃には、俺の精神エネルギーは完全にゼロになっていた。


「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」


 ぐったりとデスクに突っ伏しながら、恐る恐るスマートフォンを手に取る。

 Xのアプリを立ち上げた瞬間、目に飛び込んできた日本のトレンドを見て、俺の視界は真っ暗になった。


『#Shiroママ顔バレ』

『#反射事故』

『#神絵師ガチ美少女説』


 タイムラインを開くと、すでに配信の当該部分を切り取った動画が爆発的な勢いで拡散されていた。


『【速報】Shiroママの手元配信、液タブ暗転でガチの超絶美少女が反射してしまう事故が発生』

『一瞬映った横顔、二次元の絵画かと思ったわ』

『あの酒飲みおっさんボイスの持ち主がこの美少女……? 脳がバグって死ぬ』

『動画クリップもう十万再生いってて草』


「……嘘だろ……。拡散速度、早すぎだろ……」


 ネットの恐ろしさに戦慄しながら、俺はただベッドの上で丸くなることしかできなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
RANKING
✨ ランキング挑戦中! ✨
ここまでお読みいただきありがとうございます!
「面白かった!」
「ママ(神絵師)の続きが気になる!」
と思ったら、
ページ下部の
ブックマーク追加 と ☆☆☆☆☆ ⇒ ★★★★★
で応援していただけると、
作品のランキングが上がって執筆速度が爆上がりします!
※★1個や2個からでも大歓喜します!
皆様の1票が何よりの励みになります!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。