第4話 【朗報】スレが爆速で完走する件
「……ふぅ。疲れた……」
配信を終えてマイクを切り、俺は作業用ゲーミングチェアに深く背中を預けた。
全身の力が抜け、大きなため息が口から漏れ出す。
人前で絵を描くなど、前世の同人イベントのライブペイント以来だった。あの頃の同人イベントは数えるほどしか人がいなかったが、今夜は一万五千人である。前世のデスマーチのコードレビューより神経をすり減らした気がする。
「喉カラカラだわ……」
足元の小型冷蔵庫から、今度は言い訳無用の正真正銘のプレミアムモルツを取り出す。
プシュッと心地よい音を響かせて喉に流し込むと、苦味と炭酸が脳天を直撃した。
「……くぅーっ、うめぇ……。これだよこれ。これがないと一日は終わらねえよ」
誰にも見られていない自室。完全に中年男性の顔で喉を鳴らす。
人心地ついたところで、俺はふと手元のスマートフォンに目を落とした。
作業配信の余韻はまだ冷めやらず、Xの通知は相変わらず壊れた蛇口のように流れ続けている。
「……ネットの反応、どうなってんだろ」
恐る恐るブラウザを立ち上げ、前世からの悪癖である某大手ネット掲示板――VTuber・配信者板を開いてみた。
すると、勢い順ソートの最上位に、見慣れた文字が堂々と並んでいた。
『【朗報】天音りりかのママ(Shiro)、清楚系美少女ボイスなのに中身が酒飲みのおっさんで無事リスナー全員の脳が破壊される ★5』
「……は? パート5!?」
思わず素っ頓狂な美少女ボイスが裏返った。
昨日立ったばかりのスレッドが、たった一日でもう五スレ目に突入している。完走速度が異常すぎる。
俺は冷や汗を流しながら、そのスレッドをタップした。
1: 名無し 昨夜のりりか突撃から今夜の作業配信までの怒涛の供給で、完全に脳を焼かれた限界オタクたちの避難所です
2: 名無し 作業配信見たか? 俺たちのShiroママ、期待を一切裏切らなくて草生え散らかしたわ
3: 名無し 声が透明感溢れるダウナー美少女なのに、首と肩ゴキゴキ鳴らして「四十肩かな」は耐えられなかった
(四十肩は前世の持病なんだよ! 無意識に出ちゃったんだから許せよ!)
画面に向かって心の中で必死にツッコミを入れる。だがスレの加速は止まらない。
4: 名無し 缶開けて「五臓六腑に染み渡る」からの「炭酸水だよ?」の誤魔化し、隠す気ゼロで最高だったわ。絶対プレモル飲んでるだろあのママ
(ギクッ……! なんで今飲んでる銘柄までバレてんだよオタクの洞察力怖すぎるだろ!)
5: 名無し 一番ヤバかったの、モニターに顔近づけた時の吐息ASMRだろ。あれ絶対無自覚だぞ。マイクの距離感バグってて死人が出かけた
6: 名無し あれで完全にやられたわ。おっさん仕草で油断させておいて、急に耳元で美少女の息遣い落としてくるの反則すぎる
(だから! ただ近眼の癖で画面に寄っただけだっての! 変な性癖をこじらせるな!)
7: 名無し りりかちゃんへの過保護っぷりもガチだったな。「ビキニ?着せるわけないでしょ」の一蹴すき
8: 名無し 「先週の配信で大股開きしてただろ」って娘の配信しっかり監視して説教するステージママ助かる
9: 名無し でもさ、ネタ抜きに一番衝撃だったのって絵のクオリティじゃね?
10: 名無し それな。雑談とおっさん仕草でゲラゲラ笑ってたら、いつの間にか神絵が出来上がっててビビった
11: 名無し パーカーの布のたるみと、ショートパンツから覗く太もものラインの説得力エグいわ。ペンの迷いが一切ない。あの速さで立体感狂わないの化け物だろ
12: 名無し 普段は引きこもりで人見知りの神絵師なのに、娘のために腕振るうのてぇてぇが過ぎる
13: 名無し しかも次は「手元カメラ配信」やるらしいぞ
14: 名無し マジ!? 神絵師の手元見られるの熱すぎるんだが!
15: 名無し 手がゴツかったら男確定だが、あの声と生活音で男は無理があるだろ。早く手元見せてくれえええええ!!
16: 名無し まあ中身がおっさんだろうが何だろうが、神絵が出たら全員黙るしかないんだよな。Shiro先生の真価はあの圧倒的な画力よ
「…………」
スレッドの最後の書き込みを見て、俺は画面から目を離し、天井を仰いだ。
おっさん扱いされてネタにされているのには苦笑いしかない。
だが――同時に、胸の奥底がじんわりと熱くなるのを感じていた。
前世の社畜プログラマー時代。
どれだけ必死にキーボードを叩いても、成果は会社の数字になるだけだった。深夜のオフィスで一人カップ麺を啜り、誰に感謝されることもなく、ただすり減っていった三十代半ばの人生。
それに比べて、今のこの世界はどうだ。
愛しい娘がいて、その娘を一緒に愛でてくれるリスナーがいて。
そして何より、俺が魂を込めて描いた線の一本一本を、こんなにも熱狂して受け止めてくれる人たちがいる。
「……神絵が出たら、全員黙る、か」
缶ビールに残っていた最後の一口を飲み干し、トンとデスクの上に置く。
「そうだな。黙らせるなら、言い訳じゃなくて絵だ。俺は神絵師なんだからな」
手元カメラ配信、受けて立とうじゃないか。
神絵師Shiroの実力、そして娘への特大の愛を、これでもかというほど見せつけてやる。
俺の心の中に、職人としての静かで熱い闘志が湧き上がっていた。
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