第10話 新衣装お披露目
週末の夜二十時。
天音りりかのYouTubeチャンネルにて、その瞬間が幕を開けた。
『【新衣装お披露目】ママが作ってくれた最高の夏衣装、見て!!【天音りりか】』
待機所の時点で同接カウンターは四万人を超え、開始数分で五万人の大台を突破した。
画面の中央には、まだ新衣装のシルエットが黒い幕で覆われている。
俺は作業部屋のデスクでヘッドセットを装着し、Discordの通話越しに裏方音声として接続していた。
『みんなー! こんばんはー! 天音りりかだよー!』
スピーカーから弾けるような娘の美声が飛び出し、コメント欄が超高速で流れていく。
『きたあああああ!!』
『同接5万超えやばすぎ!』
『新衣装待ってた!!』
『ママもいる!? ママいるの!?』
『ふふん、みんな気付いてるね? そうなんです! 今夜はなんと、この新衣装を魂削って生み出してくれた神絵師……Shiroママも通話に来てくれてまーす! ママー!』
りりかに突然振られ、俺はマイクのミュートを解除した。
「……あー、こんばんは。Shiroです。……あんまりハードル上げないでね、りりか」
少しアンニュイなダウナー美少女ボイスが配信に乗った瞬間、チャット欄が悲鳴のような歓声で埋め尽くされた。
『ママあああああ!!』
『透明感ボイス助かる!!』
『保護者同伴お披露目配信最高か?』
『ハードルなんて最初から宇宙空間まで上がってるぞ!』
『えへへ、ママ照れてる〜! それじゃあみんな、待ちに待ったカウントダウンいくよー! さん、に、いち……オープン!!』
ドラムロールのSEとともに、画面を覆っていた黒い幕がパッと弾け飛んだ。
そこに現れたのは――圧倒的なクオリティを誇る、新夏衣装を纏った天音りりかだった。
淡いサックスブルーのサマーニットパーカー。
だぼだぼのビッグシルエットながら、胸元はしっかりと上品に閉じられ、襟元の隙間から華奢な鎖骨のラインがチラリと覗く。
ボトムスは動きやすい黒のショートパンツで、スラリと伸びた健康的な太ももの白さが際立っている。
足元にはスポーティなハイテクスニーカー。そして頭には、透き通る天使の羽を模した最新型のゲーミングヘッドセット。
りりかがその場でぴょんぴょんと飛び跳ねると、パーカーの裾と銀髪のツインテールが、重力と風を完璧にトレースしてふわりと舞い上がった。
一瞬の静寂ののち、チャット欄が爆発した。
『うわあああああああああああああ!?』
『神!! 神!! 神!!』
『なんだこの圧倒的造形美は!?』
『だぼだぼパーカーから覗く太ももエッッッッッろ!!』
『露出が少ないのに色気が致死量なんだが!?』
『髪の揺れと服のドレープの物理演算どうなってんだよ化け物か!?』
『見て見てママー! すっごく可愛い! ジャンプしても全然崩れないし、ヘッドセットの羽もぴょこぴょこ動くの! 世界一可愛いよママァ!』
画面の中で満面の笑みを浮かべ、くるくると回って見せる我が子。
その無邪気な喜びように、俺の胸の奥から特大の親バカ感情が溢れ出した。
「ふふ……うん、すごく似合ってるよ。りりかが一番可愛い」
『えへへっ、ママに褒められたー!』
「でも、調子に乗って配信で大股開きしちゃダメだからね。ショートパンツだからって油断は禁物です。……うちの娘に、はしたない格好はさせられませんから」
俺が保護者目線全開で釘を刺すと、チャット欄が再び阿鼻叫喚の渦に呑まれた。
『「うちの娘にはしたない格好はさせられません」キタアアアア!!』
『名言助かる』
『実の親以上の鉄壁ガード草』
『露出で釣らない、素材の魅力を極限まで引き出す神デザイン』
『Shiroママの愛が重くて最高すぎる』
お披露目配信は大盛況のうちに進み、同接は最終的に六万五千人を記録。
画面を埋め尽くす赤スパ(最高額の投げ銭)の嵐を見つめながら、俺は胸がいっぱいになるような誇らしさを感じていた。
(ああ……俺が描いた絵が、俺が作ったモデルが、こんなにも多くの人を熱狂させてる……。絵師になって、本当によかったな……)
前世の社畜時代には決して味わえなかった、魂が震えるような達成感。
だが――配信が終了に近づいた頃、異常な同接の集まりに引き寄せられたのか、チャット欄の隅に不協和音が混ざり始めた。
『夏衣装なのにパーカーとか地味すぎワロタ』
『水着期待してたのにガッカリだわ』
『露出ケチって何が夏衣装だよ。ママのセンス古くね?』
『話題作りのためにおっさんキャラやってるだけの無能絵師だろ』
『娘の人気に寄生して売名乙』
「…………」
ごく一部の、心ないアンチの書き込み。
りりかは気付かないフリをして明るく配信を締めくくったが、俺の目にはしっかりと焼き付いていた。
(……地味、ね。露出がなきゃ夏衣装じゃない、と)
画面の前で、俺は静かに口元を歪めた。
怒りではない。むしろ、職人としての冷徹な闘志が、心の中でカチリと音を立てて点火したのだ。
「いい度胸だな。……誰が古臭い無能絵師か、たっぷり教えてやるよ」
俺は配信終了と同時に、用意していた『とある一枚の画像データ』を作業フォルダから引っ張り出した。
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