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第11話 手のひらドリル

 りりかのお披露目配信が終わってから、わずか十分後。

 俺は自室の作業デスクで、事前に描き上げておいた一枚の完成イラストデータをX(旧Twitter)の投稿画面にセットしていた。


『天音りりか新夏衣装、仕立てさせていただきました。たくさん愛してあげてください。 #天音りりか新衣装 #Shiro』


 添えたテキストは極めてシンプル。

 だが、添付した画像データは――紛れもなく、白咲まひろが持てる技術と魂のすべてを注ぎ込んだ、正真正銘の『本気の一枚絵』だった。


 夏の夕暮れ。茜色に染まる水平線を背に、防波堤の上でふわりと振り返る天音りりか。

 夕陽の逆光を受けてキラキラと透き通る銀髪の輝き。

 潮風を孕んで柔らかく広がるサマーニットパーカーのドレープと、隙間から落ちる繊細な鎖骨の影。

 ショートパンツから伸びた健康的な太ももには、夕暮れの淡い朱が神々しく反射している。

 そして、少し悪戯っぽく小首をかしげ、こちらを見つめる天使の瞳――。


 空気の湿度、波の飛沫、夕暮れの切なさ、そして娘の圧倒的な愛らしさ。

 そのすべてが神域の筆致で描き込まれた一枚だった。


「よし……いけ」


 マウスをクリックし、投稿ボタンを押す。


 瞬間。

 画面のリロードとともに、リポストといいねのカウンターが狂気の速度で回転を始めた。

 一分で一万リポスト。三分で三万。十分が経過する頃には、十万いいねを軽々と突破していた。


 そして――某大手ネット掲示板の配信者板。

 さっきまで一部のアンチが「地味」「露出が足りない」と騒いでいたスレッドは、この一枚の投下によって、瞬く間に阿鼻叫喚の掌返し会場へと変貌を遂げていた。


1: 名無し おいX見ろ……Shiroママが本絵投下したぞ……


2: 名無し 見た……見たわ……


3: 名無し さっきまで「パーカーとか地味すぎ」ってドヤ顔で叩いてたアンチども息してるかー???


4: 名無し 地味どころか、光と影の表現が神域に達してて鳥肌立ったんだが


5: 名無し 夕陽の逆光で透ける銀髪の表現どうなってんだよ……神々の遊びか?


6: 名無し だぼだぼパーカーから覗く太ももの質感よ……水着より一万倍エロいことを完璧に証明された


7: 名無し さっきまで「酒飲みおっさん」とかネタにしててすみませんでしたァァァッ!!(手のひら高速ドリル回転)


8: 名無し これもうルーヴル美術館に所蔵するべき文化遺産だろ


9: 名無し 手のひら返しが早すぎて手首千切れたわ


10: 名無し 「うちの娘にはしたない格好はさせない」って言葉の重みが百倍になって返ってきた


11: 名無し アンチが一匹残らず蒸発してて草生える


12: 名無し これが神絵師Shiroの真骨頂よ。画力という名の絶対的な暴力


「…………」


 自室のモニターを眺めながら、俺はプシュッと缶ビールのプルタブを引いた。

 キンキンに冷えた麦汁を喉に流し込み、満足げに喉を鳴らす。


「……ふっ。だから言っただろ。黙らせるなら、言い訳じゃなくて絵だってな」


 アンチの雑音など、圧倒的な画力の前には塵芥に等しい。

 職人としての矜持、そして親バカとしての誇りが完璧に満たされ、胸のすくような快感が全身を駆け巡っていた。


 その時だった。

 作業用PCのメールクライアントが、ピロンと着信音を響かせた。


『件名:【重要】お仕事に関するご相談(案件殺到のご報告)』


 差出人は、俺の仕事窓口を担当してくれているブッキング制作会社の常識人――佐伯蓮だ。

 普段は冷静沈着な彼からの「重要」メールに、俺は少し首をかしげながら開封した。


『Shiro先生、夜分遅くに失礼いたします。天音りりか様の新衣装お披露目、そして告知イラストを拝見いたしました。……息を呑むほど素晴らしい作品でした。


 つきましては、新衣装公開の特大反響、および先日の配信バズを受けまして、現在当窓口に大手ゲーム会社、新規VTuber事務所、大手出版社各社から、イラスト・モデリングの新規案件の打診が文字通りパンク状態で殺到しております。


 明日、精査した案件リストをお送りいたしますので、今後の受注スケジュールについてご相談させていただけますと幸いです。何卒よろしくお願い申し上げます』


「……新規案件が、パンク……?」


 メールの文面を見つめ、俺は思わず苦笑いを漏らした。

 前世の限界社畜時代、どれだけコードを書いても待っていたのは追加のデスマーチだった。

 だが、今は違う。自分の描いた絵が評価され、望まれて仕事が舞い込んでくるのだ。


「まあ、絵の仕事なら前世の理不尽なシステム開発とは違うしな。神絵師として引っ張りだこなんて、ありがたい話だ」


 缶ビールを煽りながら、俺は呑気に呟いた。


「本業、絵師で正解だったな……たぶん」


 これが、後に自分を呑み込む『仕事の蛇口の崩壊』への第一歩になるとも知らずに――。

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