第八章:傷ついた命の顔料
#ミステリー #杉沢村 #都市伝説 #創作
父がゆっくりと一歩前に踏み出した。大理石の床に響く靴音は、死を告げる弔鐘のように冷酷だった。「完璧な肌の質感だ、江戸。お前の母親にそっくりだよ。柔らかく、それでいて血の顔料をしっかりと受け止める強さがある」
江戸は後ずさりし、背中が母の骸骨が横たわる手術台に当たった。身を守るものを求めて、震える指先で冷たい石の表面を弄る。その時、骸骨の肋骨の下、母の胸腔の奥に隠されていた粘り気のある何かに指が触れた。――黒い磁器で作られた小さな小瓶だった。
『これを持って、江戸……』母の囁きが再び耳元で響いた。今度はあまりに鮮明で、江戸の耳裏が熱くなるほどだった。
江戸はその小瓶をひったくった。色褪せた金のインクでラベルにはこう記されていた。――『影の山の涙』。
「それは何だ?」父の声が突如として鋭くなった。その歩みが止まる。狂気に満ちた目が、隠しきれない戦慄とともにその小瓶を凝視した。「それを渡せ! それこそが、お前の母親が隠し持っていた『永遠の紅』の秘密だ!」
「これは絵の具じゃない、父さん」江戸は叫んだ。溢れ出す怒りで声が震える。「これは、あんたの野望の終着点だ」
江戸は小瓶の栓を引き抜いた。中の液体は赤ではなく、墨汁よりも深い、漆黒の闇のような色をしていた。その液体が空気に触れた瞬間、真紅の間の温度は氷点下まで急降下した。数千の赤い蝋燭が一斉に吹き消され、呼吸するような深い闇だけが残された。
突如、壁の巨大な江戸の絵がうねり始めた。小瓶から放たれた黒い液体が空中に舞い、天井から吊るされた無数の皮膚のキャンバスに吸い込まれていく。
一枚、また一枚と、吊るされた皮膚が「満たされて」いく。黒い影がなめされた皮膚の毛穴に潜り込み、顔のない黒い肉体が有刺鉄線から次々と降りてきた。それらは、これまで単なる壁の装飾として扱われてきた杉沢村の犠牲者たちの成れの果てだった。
「違う! 私はお前たちの創造主だ! 元の場所へ戻れ!」父はメスを狂ったように振り回しながら叫んだ。
しかし、影たちは物理的な攻撃はしなかった。彼らは床を這い、こぼれた墨汁のように父の足元へと絡みついた。その黒い液体が父の肌に触れた場所から、皮膚は急激に硬化し、乾きすぎた油絵具のようにひび割れ始めた。
江戸は、父が「絵画」へと変貌していく様を目の当たりにした。父の顔は永遠の恐怖の表情で凍りつき、ゆっくりと、だが確実に平面的になり、部屋の壁へと溶け込んでいく。
「母さんは、あんたに屈したことなんて一度もなかったんだ」江戸は、次第に消えゆく黒い絵の具の点となった父の瞳を見つめて囁いた。「母さんはただ、あんたをこのキャンバスから消し去る絶好の機会を待っていたんだ」
最後の一振りのような衝撃とともに、部屋全体が激しく揺れた。数千の魂の叫びが江戸の耳を塞ぎ、彼は意識を失い、崩れ落ちた。薄れゆく意識の中で最後に見たのは、皮膚の山の頂に立ち、灰となって消えていく直前にかすかに微笑む母の姿だった。




