第五章:杉沢村の紅き饗宴
#ミステリー #杉沢村 #都市伝説 #創作
ライターの炎が激しく揺れ、不気味な装飾が施された壁に老婆の長い影が伸びていた。老婆は息を潜め、ただ江戸を凝視していた。やがて、その口角が不自然に吊り上がり、人間とは思えないほど深い笑みを刻んだ。
「影山の血……」コンクリートを削るようなしわがれた声で、彼女は囁いた。「裏切りの香りがする……実にかぐわしい」
突如、老婆が跳ねた。その動きは獣のようでもあり、獲物を狙う蜘蛛のようでもあった。激しい衝撃音とともに、江戸がいた場所の木製の椅子が粉々に砕け散る。
江戸は必死に転がり、その拍子にライターが消えた。辺りは再び深い闇に包まれる。
「逃げて、江戸!」頭の中に、母の面影を感じさせる切実な声が響いた。
江戸は立ち上がり、散乱する荷物をかき分けて進んだ。背後からは、板張りの床を鋭い爪で掻くような音が迫ってくる。異常なまでの速さで近づくその気配。出口の扉に手をかけた瞬間、冷たく枯れ木のような手がジャケットを掴み、人知れぬ怪力で彼を引き戻した。
「母親はまだ務めを果たしていない!」老婆が耳元で叫ぶ。鼻を突く異臭に江戸は眩暈を覚えた。「この山に、まだ未完成の作品を遺しているのだ! お前が……お前がその一部になるのだ!」
江戸は残された力を振り絞り、肘を老婆に叩きつけた。手応えのない冷ややかな感触が伝わり、一瞬だけ拘束が緩む。江戸は止まらなかった。朽ちかけた扉を突き破り、村の暗闇へと無我夢中で駆け出した。
雨が降り始めたが、その滴には奇妙な粘り気と生臭さがあった。江戸は走り続け、崩壊した家々の間を抜け、広場の中央にある古い井戸の前に辿り着いた。
そこには、古びた和装に身を包んだ小柄な男が静かに座っていた。男は動かず、ただ小さな鈴を手に持っている。
「森へ向かってはならない」男は平坦な声で告げた。「あの女は門番に過ぎない。お前を待つ真の恐怖は、父の屋敷の地下にある」
江戸は荒い息をつき、焼けるような肺を抑えながら問いかけた。「お前は誰だ? 父と何の関係がある?」
男がゆっくりと顔を上げた。そこにはあるべきはずの瞳がなく、深い闇の空洞が広がっていた。男は震える指で、道の奥にそびえ立つ、ひときわ巨大な屋敷を指し示した。
「父はすべてを終わらせたわけではない」男は鈴を鳴らした。チリン……チリン……。「彼はただ、選別したのだ。あの屋敷へ向かえ。『真紅の間』を探すのだ。そこに、真実を見通すための鍵が残されている」
三度目の鈴の音が響くと同時に、男の姿は黒い霧となって消え去った。江戸は、巨大な怪物の口のように待ち構える屋敷の前に、ただ一人残された。




