第四章:死体塗りのアトリエ
#ミステリー #杉沢村 #都市伝説 #創作
江戸は足を強く振り抜き、有刺鉄線のように足首を締め付ける髪の束を断ち切った。鋭い石で掌を切った痛みも構わず、彼は後ずさりした。懐中電灯の光が闇をなぞり、霧の向こう側に斜めに立つ建物のシルエットで止まった。
それは単なる古い建物ではなかった。彼がよく知る建築様式の木造構造だった。街にある母の絵画アトリエを模した高い切妻屋根、だがそれは無残に朽ち果てた姿をしていた。
「まさか……母さんがここにアトリエを持っていたなんて聞いたことがない」江戸は呟いた。突き刺すような寒さに、奥歯がガチガチと鳴る。
建物の木の扉がわずかに開き、風に吹かれてゆっくりと揺れていた。――ギィィィ……。その音は、彼を嘲笑う忍び笑いのようだった。江戸に選択肢はなかった。背後では杉沢の森が息づき、彼を包囲するように迫っている。彼は中へと足を踏み入れた。
内部の臭いはさらに酷かった。テレピン油と古びた油絵具、そして日本の葬儀の花である菊の香りが混ざり合った、重苦しい死の気配が漂っている。
江戸が壁にライトを向けると、心臓が凍りついた。
そこには数十枚のキャンバスが並んでいた。しかし、風景画の代わりに描かれていたのは、苦悶に満ちた人々の顔だった。使われている塗料はあまりにも濃く、不気味な質感を持っていた。江戸はまだ乾いていない一枚の絵に触れ、その指に付着したものの正体に気づき、戦慄した。
部屋の中央には、巨大な空白のキャンバスに向かい合うように古い木製の椅子が置かれていた。脇の小さな机の上にはパレットと、錆びついた刃物が置かれている。
江戸はその空白のキャンバスに近づいた。ライトの光がその表面を照らし出した瞬間、彼は言葉を失った。そのキャンバスは通常の布ではなく、生々しい皮膚のような質感を湛えていた。
突如、江戸の懐中電灯が弱まり、三回点滅して完全に消えた。押しつぶされるような暗闇の中で、部屋の中央にある椅子の方から何かが動く音が聞こえた。
「赤色が、少し足りないと思わない?」
掠れた細い声が暗闇の正面から響いた。
江戸は息を止めた。そのキャンバスの上に、筆を走らせる音が聞こえてくる。
「お前の母親は……いつも完璧な赤色を出すのに苦労していたわ」声は続いた。「でもお前の父親は、その色をどこから手に入れればいいか、よく知っていた」
江戸は恐怖で震える手で、ライターを探そうとポケットを弄った。小さな火が灯った瞬間、彼はその姿を見た。ボロボロの白いドレスを纏った老女が椅子に座っていた。顔は長い白髪に覆われていたが、その枯れ木のような手は、異様な方法で調達された塗料を筆に浸していた。
老女はゆっくりと振り向いた。首の関節が嫌な音を立てる。濁った目が、獲物を狙うような鋭さで江戸を見つめていた。




