第84話 祝福の拍手
智樹が井戸の底へ消えた後、しばらく、誰も、何も言わなかった。村人たちは頭を垂れたまま立っていた。子供たちも、声を上げなかった。風が井戸の縁を撫でた。
——遠くで、誰かが静かに拍手を始めた。
最初はハツの、骨ばった手だった。ぱち、ぱち、と、控えめな拍手。それが源蔵に伝わった。源蔵が拍手した。里穂が拍手した。それから、村人全員がゆっくりと静かに拍手を合わせた。
雨の中の、合唱のような拍手だった。歓喜の拍手ではない。けれど、悲しみの拍手でも、なかった。
——おだやかな、感謝の拍手。
その拍手の中で、私は井戸の縁に座り込んでいた。そして、ふいに嗚咽が漏れた。
智樹。声に出して呼ぼうとした。けれど、その名は喉の手前でほどけて、水になった。呼べない。もう、呼べない。代わりに、涙だけが頬を流れ落ちた。
その涙が、塩の味のしないただの冷たい水であることを、確かめるまでもなく私は知っていた。いつからか、私の涙はもう人間のものではなくなっていた。
——私は、もう、人として泣くことすらできないのだ。
それでも、涙は止まらなかった。人間の涙でない涙で、私は智樹を悼んでいた。泣き方を忘れた体が、泣くことだけは覚えていた。村人たちは、誰も、それを止めなかった。ただ静かに、私が泣き終えるのを待っていた。
やがて、涙は止まった。代わりに、首筋の青い痣が、もう熱を持っていなかった。冷たく、けれど、心地よく、皮膚の下に馴染んでいた。私はふと、井戸の中を覗き込んだ。
底にはもう何も見えなかった。深い、深い暗闇。そして、その奥で、わずかに水音が続いていた。ぽちゃ。ぽちゃ。智樹が加わった、水音。私はその音を聞きながら、自分の手の中の、白い襷を握りしめた。




