第73話 「待っててな」
電話を切ったあと村人たちはそれぞれの家で、静かに待っていた。招きの電話をかけた者とかけなかった者。不思議だったのは村全体がある共通の姿勢で待っていたことだった。
里穂の家へ向かう道で私はすれ違ういくつかの家の窓を見た。どの家も、灯りを灯していた。家の中に村人たちが座っていた。誰も、テレビを見ていなかった。誰も、ラジオを聞いていなかった。誰も、本を読んでいなかった。誰も、夕食を食べていなかった。
ただ、家の中で、家の中心の方を向いて座っていた。両手を自分の膝の上で組んで。背筋をまっすぐ伸ばして。何かを待つように。人と人が家の中で向かい合って座っているのに、誰も口を開いていなかった。
——招の日は、無言の日ではなかったはずだ。
けれど、村全体がまるで明日の儀式を自分のことのように待っていた。里穂の家にお茶をいただきに行った時、私は囲炉裏端でハツに聞いた。
「ハツさんは今日誰かを招かれましたか」
ハツは優しく微笑んだ。
「私はね、もうずっと前に招くべき人を招き終わったの」
「招き終わった」
「うん。私の最も愛する人はもう五十年以上前にここに還られた。だから今はただその人の隣に行ける日を待ってる」
源蔵がハツの隣で頷いた。
「美咲ちゃん」と、源蔵が低い声で言った。
「あんたは招いたのかね」
「はい」
「来てくれるのかね」
「もうすぐ、昼過ぎに来てくれます」
源蔵が口の端で笑った。
「そりゃ、よかった」
「源蔵」と、ハツが夫をたしなめた。
「いや、本当によかったと思ってさ」
源蔵は続けた。
「最後まで来てもらえない人もいる。来てもらえれば、それだけ、愛されている、ということだから」
里穂が私の手を両手で握った。
「美咲さん、智樹さんを村のみんなで温かく迎えますからね」
私は頷いた。里穂の手の温かさが私の中の、ある、最後の不安を解いていった。囲炉裏の火がぱちん、とはぜた。その音さえ、いつもより、わずかに低く響いた。村の音すべてが明日のために息を潜めているようだった。
家に戻った後、私は自分の布団に座って、リュックの中から祖母の鈴を取り出した。ちりんと振った。子供の頃、川の中で祖母が必死に鳴らした鈴。私を水から引き上げてくれた鈴。
——お祖母ちゃん。
今、その鈴は何の音も消していなかった。ただ、澄んだ音が昼下がりの空気に溶けていくだけだった。




