第6話 水に引かれた、八歳の私
その夜、私は夢を見た。
幼い頃の記憶だった。八歳の夏。祖母の家の近くの、小川で遊んでいた時のこと。澄んだ水が流れる、膝までの深さしかない、安全な場所。
でも、あの日は違った。水の中に、何かがいた。
最初は魚かと思った。でも、魚にしては大きすぎる。人の形に似た、透明な何か。それが、私の足首を掴んだ。
冷たい手。でも、手ではない。水でできた手。指の関節も、爪も、すべてが透明な水でできていた。引っ張られて、バランスを崩した。水の中に倒れ込む。
息ができない。——でも、不思議と、苦しくなかった。
水の中で、目を開けた。そこには、透明な人たちがいた。男性、女性、子供。みんな透明で、水と区別がつかない。でも、確かに、人の形をしている。
彼らは、私に手を伸ばしてきた。
『一緒に』
『おいで』
『あなたも、私たちの仲間』
その声は、優しかった。母のような、姉のような、家族のような優しさ。なのに、なぜか、私は怖くて、声を上げそうになった。
その時、岸辺から祖母の声が聞こえた。
「美咲!」
祖母が必死に、鈴を鳴らしていた。ちりん、ちりん、ちりん。その音と共に、私の足首から、水の手が、離れた。水たちは、悲しげに私を見つめた。それから、ゆっくりと、川の流れの中に溶けていった。
息を吹き返して、岸に這い上がった。祖母が私を強く抱きしめてくれた。
「大丈夫。お祖母ちゃんが守るから。お祖母ちゃんが、必ず守るから」
その腕の中で、私は震えながら泣いた。——でも、今思うと、祖母の声も、震えていた。
夢の中で、私はその祖母の腕の温もりを、もう一度感じた。そして、目が覚めた時、頬が濡れていた。
涙ではなかった。
もっと、透明な、冷たい液体だった。




