表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/14

第5話 水には気をつけて

シャワーから上がって、ベッドに腰を下ろした。水道水の匂いがまだ残っている髪に、タオルを当てる。


ふと、思い出した。祖母の家で過ごした夏休みのこと。


中部地方の山間にある、小さな集落。古い瓦屋根の家。井戸があって、夏でも冷たい水を汲み上げては、顔を洗った。祖母は毎朝、井戸に向かって手を合わせていた。


「水神様に感謝しないとね」


幼い私には、その意味が分からなかった。ただの水なのに、なぜ感謝するのか。


「水は命の源。でも、時には、人を連れて行くこともある」


「連れて行く?」


「水に取られる、って言うんだよ。だから、敬意を払わないといけない」


祖母の言葉が、今も耳に残っている。水に取られる。奇妙な表現だと思った。溺れるとか、流されるとかではなく、「取られる」。まるで、水に意志があるかのような。


そして、祖母はいつも、小さな鈴を首に下げていた。真鍮製の、音の澄んだ鈴。


「これは水封じの鈴。水に取られそうになった時、これが守ってくれる」


子供心に、迷信だと思っていた。でも、今思えば、祖母は何かを知っていたのかもしれない。


祖母の死を思い出す。私が大学三年の夏だった。


死因は、老衰ということになっている。でも、発見時の状況が奇妙だった。祖母は、井戸の傍で倒れていた。真夏なのに、全身、びしょ濡れで。そして、発見した近所の人の証言によれば、祖母の周りの地面だけが濡れていたのだという。半径二メートルほどの円形に。まるで、そこだけ雨が降ったかのように。


でも、その日は快晴だった。


私は、ベッドサイドの引き出しを開けた。祖母の遺品の中から、いつも持ち歩いている小さな鈴を取り出す。振ると、ちりん、と、澄んだ音がした。


その音は、なぜか、今夜は、いつもより、長く響いた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ