第66話 村じゅうが声を揃えて泣く
朗読が終わった。村長が革表紙の帳面を閉じた。そして、ゆっくりと一礼した。誰かが堪えきれずに声を漏らした。それを合図にしたように村人たちの間から一斉に嗚咽が上がった。最初は年配の女たちから。すすり泣きが低く漏れる。
それが隣に伝染した。次の女が声を上げ始めた。次の男が唸るような泣き声を上げた。子供たちまでもが両親の膝にしがみついて、泣き始めた。私は見渡した。四十戸の村人、全員が声を合わせて泣いていた。誰一人として泣いていない者はいなかった。
それは悲しみの声、というより、もう合唱に近かった。低い、高い、男の声、女の声、子供の声。すべての音が重なって、御霊山の中腹に響き渡った。そして、私は気づいた。その嗚咽にはリズムがあった。
低い声と高い声が交互に。男の声と女の声が追いかけ合うように。子供の声が間隙を埋めるように。全員が誰も口にしない譜面を共有していた。
——これは、泣いているのではない。歌っているのだ。
数百年、いや、千年、繰り返されてきたであろう、村の、共同の楽譜がいま、私の前で奏でられていた。ある女が両手を自分の顔に当てた。
その手がゆっくりとこうべから首、肩、胸、と降りていった。涙の通り道をなぞるように。同じ動作を別の女が別の老婆が別の男が同時に行っていた。涙そのものも、ふつうの涙ではなかった。
頬を伝う涙の粒が夕暮れの光を淡く弾いていた。透明な、けれどふつうの水よりも、密度の高い光り方。
涙は頬から顎へ首へ襟元へと伝った。けれど、そこで止まらなかった。襟元に染み込んだ涙は衣服をうっすらと湿らせるだけで、まるでその身体に戻っていくように見えた。
ある男の涙が頬から顎に伝ったところで、ぴたりと止まった。それきり、肌に吸われて消えた。ある老女の涙が頬の上でほんの少し横に流れた。重力に逆らって。彼女の、肌の中の、別の水の流れに引かれるように。
——私の涙も、同じ動きをしていた。
頬を流れ落ちる、私の涙。透明で無臭で塩辛くない。それは頬の途中でわずかに進路を変えた。耳の方へ引かれるように。皮膚の下の、何かに応えるように。風がその嗚咽を運んでいった。山の上の方から答えるように別の音が降りてきた。水の音。
——山の上の方から水が応えていた。
最初は遠い、川のせせらぎのような音。それがしだいに近づいた。沢の流れの音。滝の音。雨の音。すべての水音が村人たちの嗚咽と同じリズムで降りてきた。地面の下からも、答えがあった。
私たちが座っている、御霊山の中腹。その岩盤の下からゴゴゴと低く、深い、水脈の脈動が伝わってきた。心臓の鼓動のように規則的だった。そして、その鼓動は村人たちの嗚咽の合唱と完全に同期していた。
——山自体が泣いていた。
——あるいは山が私たち全員と一緒に泣くために、長い、長い間、待っていた。
ハツも、里穂も、源蔵も、村長も、皆泣いていた。私たちは皆、家族のように一緒に泣いていた。私たち、と、山が。私は結衣を悼んだ。私は山田香織を悼んだ。私は佐々木健一を悼んだ。私は四十八人を悼んだ。
私は過去にここで還られた、すべての人を悼んだ。私自身も、いつかここで悼まれる、その一人になるのだ、と心の奥でわかった。そして、もうそのことが怖くなかった。
——同じ譜面の中で悼まれるのなら、それは家族の、最後の優しさだから。




