第63話 死者の名が読み上げられる
村長が革表紙の帳面を開いた。
「皆様」と、村長は声を上げた。
「これより、過去に御霊山に還られた方々の、お名前をお読み致します」
村人たちが頭を垂れた。私も同じように頭を垂れた。
「年代順にお読み致します」
村長は最初のページをめくった。
「天保十一年、徳次郎、二十二歳」
「天保十三年、初江、十九歳」
「弘化二年、八郎、三十八歳」
——天保。江戸時代。
私は息を止めた。名簿は江戸時代から始まっていた。御霊山に「還られた」者の名簿。つまり、水神に取られた者の記録。
「明治三年、巳之吉、四十六歳」
「明治八年、お雪、十七歳」
「明治十二年、健介、二十九歳」
ふと私は隣のハツがわずかに動いたのに気づいた。ハツが左手の甲を自分の喉の後ろに当てた。それからその手をゆっくりと両手を合わせる形に戻した。たった、二秒ほどの所作だった。私は目だけ動かして、村人たちを見渡した。
源蔵も、同じ所作をしていた。里穂も、村長を補佐する若い男性も、一つの名前が読まれるたびに左手の甲を自分の喉の後ろに当て、それから両手を合わせていた。誰一人としてその所作を説明しなかった。村長も、何も言わなかった。
——意味はわからなかった。
けれど、次に「明治十五年、新太、十六歳」と読まれた時、私の左手が自然に動いた。手の甲を自分の喉の後ろに当てた。皮膚の上で自分の脈拍を感じた。その瞬間、私の喉の奥でごぼと小さな水の泡が弾けるような残響がした。
——いま、自分が何をしているのだろう。
それからゆっくりと両手を合わせた。
——なぜ、この所作をしたのだろう。
理由はわからなかった。けれど、しなかったら、何か、大切な礼儀を欠いた気がした。名前の朗読が止まらなかった。村長は淡々としかし丁寧に一人ひとりの名前を読み上げていった。村人たちは目を閉じて聞いていた。
時々、私は目を開けて、村人たちの顔を見た。涙を流している人がいた。声は出さずにただ頬を伝う涙。ほとんどの村人がある時点から静かに泣き始めていた。彼らにとって、これらの名前は、知らない他人ではなく、ご先祖、なのだ。
「昭和三十二年、杉浦寛治、四十一歳」
私は息を呑んだ。
「中村幸三、三十六歳」
「田中啓介、二十一歳」
——四十八人の朗読が始まったのだ。
私の胸の中でトンネルで読んだ名簿の文字がよみがえった。そして、一人ひとりの名前が読み上げられるたびに、私の左手は自然に喉の後ろに当てられていた。




