第60話 水と重なる鼓動
夕方、太陽が山の向こうに沈んだ。霧が徐々に晴れていった。それでも、私たちは井戸の前に座り続けていた。
夜になり、村人たちがそれぞれ提灯を灯し始めた。井戸の周りにぽつり、ぽつりと温かい、橙色の灯。私は自分の心臓に手を当てた。ドク……ドク……ドク。そして、井戸の水音を聞いた。ぽちゃ……ぽちゃ……ぽちゃ。
二つの音が完全に同じリズムで刻まれていた。私の心臓の鼓動と井戸の水脈の脈動が一つになっていた。
——いつからこうなっていたのだろう。
気づいた時には、もうこうなっていた。ふと私は自分の手の甲を見下ろした。
夜の橙色の提灯の灯に自分の指先がほのかに光っていた。汗ではない。何か、もっと薄い、透明な膜。人差し指で手の甲を撫でた。指先が自分の肌の上をすうっと滑った。乾いた肌の摩擦の感触がない。
頬に手を当てた。同じだった。耳の後ろ。首筋。鎖骨の上。すべて、わずかにしっとりとしていた。汗をかいた後の、塩辛い湿り気ではない。水浴びをした後の、塩素の匂いの湿り気でもない。山奥の沢の傍の、湿った苔のような、無臭の湿気。
その湿気が私の体の表面に薄い膜のように張っていた。私はその指先を口元に運んだ。指先をぺろりと舐めた。
——おいしい、と感じた。
自分の肌からなぜか村の井戸の水と同じ味がした。里穂が私の方を向いた。今日初めて、口を開いた。
「美咲さん」
里穂の声はまだ低かった。「静の日」が終わるまで、声は最小限。
「明日は『顕の日』です。みんなでご先祖様と過去にここから旅立たれた方々を、お弔いします」
私は頷いた。里穂は私の手を握ったまま続けた。
「美咲さん、明日たくさん泣いてくださいね。涙は出していいんですよ」
私はその意味を理解しないまま、また頷いた。
「私たちみんな、一緒に泣きます。一緒に悼みます」




