第41話 石は四十七個しかなかった
待避所の片隅、コンクリートの床に小さな石の祭壇が設えられていた。腰の高さほどの、四角い石の台。表面に白い小石が整然と並べられていた。数えると四十七個。
最も奥の列に一つだけ空いている場所があった。長方形に並べられた小石たちの、最も新しい列の、ちょうど中央の位置。祭壇の脇に小さな籠が置いてあった。中にはまだ磨かれていない白い小石が数個入っていた。私はしばらく、その光景を見ていた。
意味はわからなかった。なぜ四十七個なのか。なぜ一つだけ空いているのか。なぜ籠の中に新しい小石が用意してあるのか。けれど、私の手が勝手に動いた。籠から一個、小石を取った。それを空いた位置に置いた。ぴたりと収まった。
意味はわからないままだった。けれど、何か、義務のような、約束のような、温かい感覚が私の手のひらに残った。待避所の机の脇に古い紙の束が置いてあった。麻紐で丁寧に束ねられている。紐をほどいて、最初の一枚を手に取った。
『大平建設 第三工区作業員名簿 昭和三十二年六月』
その下に一人ずつの名前と年齢と住所と家族関係が記載されていた。しかも、名前の脇に誰かが手書きで補足を加えていた。すべて、女性の筆跡。古い、しかし力強い字。
——祖母の筆跡だった。
東京で読んだ手帳と同じ字。整然とした、ひと項目に対する、決められた書式。年齢、家族構成、簡潔な人物評。祖母はここでも編纂者だった。四十八人の人生を一頁ずつ、紙の上に整理した。誰かにいつか読まれるために。私が今、こうして読むために。
最初の名前は現場監督・杉浦寛治 四十一歳 妻と娘二人だった。手書きの補足には、「最後まで現場の責任を果たそうとした。誇り高い人だった」とあった。
次は中村幸三 三十六歳 妻と子供三人。補足:「子供たちのためにもう一年だけ、と言っていた。お給料が入る予定だった」。田中啓介 二十一歳 大学生・夏休みのアルバイト。補足:「優しい子だった。御霊山が大好きだと言っていた」。
鈴木義雄 四十五歳 三人の子持ち。補足:「家族のために」。高橋勇 二十八歳 結婚予定、婚約者・佳子。補足:「結婚式は、九月のはずだった」。渡辺隆 五十四歳 孫が生まれたばかり。補足:「最年長。みんなの父親代わりだった」。
私は名前を一つずつ読んでいった。それぞれの人に家族がいた。母がいた、妻がいた、子がいた。誰もが明日もふつうに生きるはずだった。四十枚目を過ぎた頃、私の手が止まった。ある名前でペンの筆跡がふと震えていた。




