第40話 四十八人の、顔が滲んでいく
私は爪痕と衣服から目を逸らした。逸らさないと、足が止まりそうだった。
「健ちゃんも、他の方々も、もう苦しんではいないから」——美樹はそう言った。けれど、この爪痕は明らかに苦しんだ者の最期の痕跡だった。
息を整え、さらに奥へ進んだ。二十メートルほど進んだところに、小さな待避所のような空間があった。コンクリートの壁がわずかに広がって、机のような台が置かれていた。机の上に写真が一枚置いてあった。
集合写真だった。色褪せた白黒の写真。日付は昭和三十二年五月吉日。背景には第三工区トンネルの入り口。手前に四十八名の作業員と現場監督らしき男性が二列に並んでいる。私は懐中電灯でその写真を照らした。
——顔が、ない。
正確に言えば、写真の中の人々の顔の部分だけが、すっかり洗い流されていた。まるで、誰かが水で顔の部分だけを丁寧に擦り取ったかのように。
服も、体の輪郭も、はっきりと残っている。靴もヘルメットも。ただ、首から上の、顔の部分だけが、白く空白になっている。四十八と一人の顔のない人々。私は写真を、もう少し近くで見ようと屈み込んだ。その時、気づいた。
顔の空白の中で、何かが動いていた。ひとり、ひとりの、顔のあった場所に、小さな、円い水の渦がゆっくりと回っていた。透明なほとんど目に見えない、けれど、確かに動いている水の流れ。そして——
写真の中の、一人の作業員の顔のあった場所の、水の渦がゆっくりと瞬きをした。私は息を止めた。別の作業員の顔のあった場所も瞬きをした。それから、すべての、四十九個の空白が、ほぼ同時にゆっくりと瞬きをした。
そして、その瞬きの後、彼らの「視線」が私を捉えた。私には目は見えなかった。けれど、視線だけは確かに感じた。四十九人の何もない顔の中から、私を見つめる視線。私は写真を机に戻した。その時、壁の奥から、わずかな声が聞こえた気がした。
複数の、低い、男たちの囁き声。聞き取れない。けれど、誰かが私のことを話しているような——




