第3話 四十八人を、なかったことに
足音が完全に聞こえなくなった後、私は再びデスクに向き直った。引き出しの奥から、茶封筒を取り出す。
『大平建設五十年史 元社長秘書手記』。先週、黒田から「相沢、ちょっとこれ目を通しておいてくれ」と任された原稿だった。出版時期未定。社史というより、回顧録に近い体裁。
封を開け、ページをめくる。古い人の文章の癖が、紙面から立ち上がる。漢字が多く、句読点が独特で、戦後の建設業界の空気を、生々しく伝えていた。
第七章まで読み進めた時、私は手を止めた。
『昭和三十二年六月、当社は中部地方の御霊山においてダム建設の計画を進めていた。第三工区トンネルの掘削中、四十八名の作業員が一夜にして行方不明となる事件が発生した。原因究明はなされなかった。会社は被災者遺族と密かに示談を結び、計画は中止された。本件は公式記録から削除され——』
そこに、赤いボールペンの大きな取り消し線が引かれていた。欄外に、社長親族からの直筆メモ。
『この章は、削除してください。出版にあたっての条件です』
四十八名。
そんな大きな災害が、戦後の歴史にあっただろうか。スマートフォンで検索した。何も出てこない。「昭和三十二年 ダム 四十八名 行方不明」——どの組み合わせでも、関連する記事はヒットしなかった。不思議だった。それほど大規模な事件であれば、記録の一つや二つ、残っていてもおかしくない。
封筒の中には、参考資料として大平建設の社史も同封されていた。社長一族の系図。創業者の名前。出身地——
『大平太一郎 中部地方某県・水守村』
水守村。
その地名を見た瞬間、私の指先が、止まった。
祖母の家があった集落の、すぐ隣だった。




