第27話 健ちゃん
居間に通された。畳の擦り切れ具合と、柱の艶から、何十年も同じ家具が同じ場所に置かれているのが、見て取れた。仏壇があった。古い、二人連れの写真が飾られている。
「これは、私の両親」と、美樹が言った。
「もう、何十年も前に亡くなったよ」
その横に、もう一枚、白黒の写真があった。若い男性。学生服を脱いだばかりのような、健康的な顔。短く刈った髪、強い眉、人の良さそうな笑顔。
「これが、健ちゃん」と、美樹はその写真を優しく指先で撫でた。
「私の、婚約者だった」
「健ちゃん、ですか」
「佐々木健一。私より、二つ年下。二十四歳だった、最後の年」
二十四歳。私はその年齢の意味を、すぐには理解できなかった。
「『最後の年』って——」
「死んだ年」と、美樹は静かに言った。
「昭和三十二年。六月。御霊山の、ダム工事の現場で」
私の中で、何かが繋がった。
『昭和三十二年六月、当社は中部地方の御霊山においてダム建設の計画を進めていた——』
東京で読んだ、回顧録原稿の一節。第三工区トンネルの掘削中、四十八名の作業員が一夜にして行方不明となった事件。
「美樹さん」
「うん」
「佐々木健一さんは、その、四十八名の——」
「うん。その一人」
美樹は私を見た。瞳が潤んでいた。けれど、涙はこぼれなかった。
「私はね、美咲ちゃん。あの六月から、健ちゃんが帰ってくる日を、ずっと待ってた。今でも、待ってる。六十七年、待ち続けてる」




