第25話 助けられなかった四人
里穂の家から、祖母の家への帰り道。私は村の中心の井戸の前で、足を止めた。井戸の周りに、数人の男女が集まっていた。村の人ではなかった。皆、揃いの紺色のシャツに、登山用のリュック。腰に下げた工具袋に、首から下げた身分証。地質調査の身なり。
三人組。男性二人と、女性一人。三人とも、私と同世代に見えた。代表らしき男性が、村の老人と立ち話をしていた。
「すみません、御霊山の地質調査に来た、東京の地質研究所の高橋修一と申します。一週間ほど、お世話になります」
村の老人はにこやかに頷いていた。
「気をつけてな、若いの。あの山、油断はできんからな」
「ありがとうございます」
高橋という男性は、丁寧に頭を下げて、それから、井戸の縁に駆け寄った。
「あ、ここの水、飲んでもいいですか?」
「もちろん。村の自慢の井戸さ」
高橋は傍らの柄杓で水を汲み上げた。一口、飲んだ。その瞬間、彼の表情がふと変わった。
「……うわ、おいしい」
私の足がその場で固まった。
——おいしい、と彼は言った。
仲間の女性も男性も、笑顔で柄杓を受け取り、それぞれ一口飲んだ。
「ほんとだ。こんな水、東京じゃ絶対飲めないですよ」
「うちらの研究、これでもう半分、成功した気分」
三人は嬉しそうに笑い合っていた。私は近づいた。
「あの——」
声が出ていた。けれど、その先が続かなかった。
——「水神様に呼ばれる前兆だから、その水を飲んではいけない」と、言わなければいけない。
「直接、口にすれば、それは現実になる」——ハツの言葉が、私の喉を押さえた。
「山の水には、気をつけて」と、私は言葉を選んだ。
「沢の水も。それから、村の井戸の水も。あんまりたくさんは、飲まない方がいいかもしれません」
高橋たちは私を不思議そうに見た。それから、礼儀正しく頷いた。
「ご忠告、ありがとうございます。気をつけます」
「明日から、第三工区のトンネルあたりを調査する予定です」と、女性が明るく付け加えた。
「あの辺、未調査の地層が、たくさん残ってるんですよ」
——第三工区。
私は頷いた。それ以上は何も言えなかった。三人は軽く手を振って、村の宿の方へ歩いていった。私は井戸の傍に立ち尽くしていた。ふと、振り返ると、里穂がいつの間にか私の後ろに立っていた。里穂は何も言わなかった。ただ、私の手を両手で握った。
「美咲さん、よく頑張りましたね」
「……止められなかった」
「うん。止められないの。私たちは絶対に口にしてはいけないから」
里穂の手は温かかった。けれど、その温かさは何か、共犯の温かさだった。
——明日、私は美樹さんに会いに行く。
——そして、その同じ時間に、彼らは御霊山に入っていく。




