第22話 水見という役目
その日の午前中、私は祖母の遺品を、本格的に整理し始めた。母から押し付けられた段ボール箱の中には、祖母の生活がそのままの形で残されていた。古い眼鏡、薬の袋、和裁の道具、編みかけの靴下、手書きの料理ノート。
その中に、もう一冊、見覚えのないノートがあった。革表紙の、古い手帳。表には何も書かれていなかった。開くと、最初のページに、祖母の字で、こう記されていた。
『水見の記録 相沢美智子』
水見。その言葉は知っていた。卒論を書いた時、民俗学の文献で何度か目にしていた。水と人間の境界に立つ役職。今はほとんど失われた、地方の伝承の役職。なのに、祖母がその「水見」だった、ということ?ページをめくった。
中は日記のような、報告書のような、奇妙な記録だった。私は編集者の癖で、まずページの体裁を確かめた。一日一頁。日付は年号・月日。書き出しは必ずその日の天気から。中央揃えで、簡潔な見出し。
——これは、日記ではない。
報告書だ。少なくとも、誰かに見られることを想定して書かれたもの。日記なら、こんなに整然と書かない。書き出しの統一、項目の順序、簡潔さ——これらは、後から誰かが検索したり、参照したりするための工夫だ。
つまり、祖母はこれを、誰かに引き継ぐつもりで書いていた。
『昭和五十年八月十二日。今日、登山者が一名、行方不明。私がお祭りの直前に出した警告は届かなかった。仕方ない』
『昭和五十八年六月七日。母の三十三回忌。昭和三十二年の四十八名の慰霊は、今年も滞りなく済んだ』
『平成三年六月。今年は誰も呼ばれていないようだ。山が静かだ』
私はページをめくる手を止めた。
——「呼ばれる」。
水に取られる、ではなく、「呼ばれる」。校正者として、私はこういう微妙な動詞の選択に敏感だった。これは書き間違いでも、当時の地方の言い回しでもない。意図的に選ばれた言葉だった。「呼ばれる」とは対象が能動的に、誰かを呼ぶ、ということ。
祖母は何かが誰かを毎年呼んでいることを、毎年見届けていたのだ。ページの余白に、別の小さなメモがあった。
『八雲島の水野久遠先生から、また返信なし。あちらでも、何か起きているのだろう。同じ系譜の、別の場所で』
そのすぐ下に、別の日付で、もう一行が書き足されていた。
『岡上の田辺さんからは、今年も文。あちらは、まだ保っているとのこと』
——八雲島。岡上。
どちらも聞き覚えはなかった。けれど、地名と人名の脇に祖母がわざわざ書き残した、その一文の重みを、私は感じた。
「同じ系譜の、別の場所」。祖母の役目と似た役目を、別の地で果たしている別の女がいた、ということだろうか。
私はその余白からページを戻した。ページをさらにめくると、ある年の記述で、私の心臓が止まった。
『平成五年六月十六日。山田香織さん、二十二歳。私の代で、何としても止めたかった。でも、ダメだった。香織さんは最も愛らしい笑顔のまま、井戸へ向かった。私は見送るだけだった。許してほしい』
山田香織。知らない名前だった。けれど、その名前を見た瞬間、私の心の奥で、何かがことり、と動いた。子供の頃、祖母の家で、その名前を聞いたことがあるような——気がした。




