第19話 床下を、何かが流れる音
里穂の家で夕食をご馳走になった後、私は祖母の家に戻った。
朝、目が覚めた時とは違う、別の家のようだった。仏壇に灯した蝋燭の柔らかい光、玄関に立てかけられた里穂の家族からもらった野菜、布団に染み込んだ太陽の匂い——どれもが、私がここに「いていい」のだと、優しく告げているように感じられた。
携帯電話を見た。智樹から、短いメッセージが入っていた。
『美咲、元気? 今日はどう? 返事、いつでもいいから』
東京の智樹の文体。いつもの絵文字。いつもの優しさ。私はしばらく、画面を見つめた。返信を書こうとした。
「うん、元気。村の人、みんな、いい人だよ」。
書きかけて、止めた。何かがしっくり来なかった。
携帯を枕元に置いて、布団に入った。けれど、なぜか眠れなかった。外で、何かが聞こえている。子守唄、のような。わらべ歌、のような。
低く、ゆったりとした節。何人もの声が重なり合っている。男の声も、女の声も、子供の声も。ぜんぶ混ざって、優しい合唱を作っている。歌詞はところどころしか聞き取れなかった。
「水のなか 眠るのは もっとも 愛されし むすめ……」
私は布団から起き上がり、窓の障子を、そっと開けた。外には誰もいなかった。道の向こうに、提灯の明かりがいくつか、ぽつりぽつりと灯っている。家々の窓から、暖かい光が漏れている。だが歌っている人の姿は見えなかった。
——どこから、聞こえているのだろう。
風が頬を撫でた。湿った、川の匂いを含んだ風。歌は止まなかった。私は障子を閉め、もう一度、布団に戻った。不思議なことに、その歌を聴いていると、心が安らいだ。
「もっとも 愛されし むすめ……」
——美咲も、その一人になれる。
そう、誰かが耳元で囁いたような気がした。私は目を閉じた。歌に包まれて、ゆっくりと眠りに落ちていった。




